絵本と子育て [167KB]

総論その2

~子どもの人格形成への影響~

 絵本を読んであげたことは、子どもの人格形成にどんな良い影響を与えているでしょうか。私たちは、何か即効的なものを求めやすいのですが、絵本の良い影響は、子どもの人格の中に深く刻まれていてすぐには分からないことが多いのです。しかし、長く絵本の読み聞かせを推進してきた人々は、時々、絵本の継続的な読み聞かせが作り上げた素晴らしい人間形成の一端を知ることができるでしょう。
 
 ある男の子は、小さい時から乗り物の絵本が好きで、日中はもちろん、寝るときにもたくさんの乗り物絵本を読んでもらいました。十八番は、しょうぼうじどうしゃじぷた、いたずらきかんしゃちゅうちゅう、ブルドーザのガンバ、はたらきもののじょせつしゃけいてぃなどで、母親が間違って読むと、即座に「違う!」と叱られるほど、この子は絵本を暗記していたそうです。
 
 ところが、小学校に入って中学年になりスポーツを始めると、本への興味はぱったり無くなりました。毎日、日が暮れるまで走り回り帰宅すると夕食を食べ、宿題をやって、風呂へ入るとばたんんきゅうと言う経過で一日が終わり、それが高校を卒業するまで続きました。あの絵本好きは何の役にもたたなかったと母親は思っていたそうです。
 
 ところが、高校を卒業した次の日、この子は母親に弁当を作ってもらいました。「何のバイトをするの?」との母親の問いに意外な答えが返って来たのです。『図書館へ行く。』この子は、東京の大学へ入学するため出発する前の日まで40日間、図書館の開館から閉館の時間まで本を読み続けました。そして、「母さん、この40日間は、18歳の僕の今まで経験した最高の日々だったよ。」と言ったそうです。これは、実際に母親から聞いた話です。絵本の読み聞かせが、こんな形で結実したのです。
 
 ある女の子は「しろいうさぎとくろいうさぎ」の絵本が大好きでした。毎朝、幼稚園に行くと保育室の本棚から「しろいうさぎとくろいうさぎ」の絵本をすぐに持ち出してホールへ遊びに行きます。お友達と遊んでいる間はホールのピアノの上にこの絵本を置いていますが、遊び疲れると一休みしてステージの上にすわって、この絵本に見入るのです。誰にも見せられない自分だけの専有物のようにこの絵本を確保していました。
 
 この子が、大学の文学部に入り、図書館で外国のいろいろな絵本を見るようになって驚きました。大好きだった「ぐりとぐら」の絵本が、“Guri  and  Gura  The  Giant  Egg”に、「とん ことり」が“”ANNA’S  SECRET  FRIEND”に、「お出かけのまえに」が”Before  The  Picnic”になって翻訳出版されていること等を知ったからです。
 
 日本人の書いた絵本が英語になっている--それだけでも驚きでしたが、最も好きだった「しろいうさぎとくろいうさぎ」の英語の原書が”The  Rabbit’s  Wedding”と言う題だったことは大変なショックでした。直訳すると、これは「うさぎの結婚」ですが、これでは身も蓋もない直訳で日本人にはなじまないので、訳者の松岡享子さんは、「しろいうさぎとくろいうさぎ」と翻訳されたのでしょう。この子は、この名訳にすっかりほれこんでしまいました。そして、東京で働くようになったチャンスを生かして、絵本の翻訳を夜の専門学校で学び始めたのです。子どもが絵本好きだった事はこんな形でいろんなところで生きていることが分かってきました。
 
 絵本の読み聞かせが、現代の子育ての中で大変大切な役割を担っていることが分かったと思います。これは、できればやって行こうと言うレベルの話ではなく、家庭における子育ての核の一つに据えなければならない状況になっています。
 
 TV、VTR視聴の管理、日中の絵本の継続的な読み聞かせ、そして就寝前の15分間の読み聞かせの習慣化などは、文章で紹介するだけでは全く不足です。訴える力が弱いからです。
 
 最も良い方法は、子育て支援にかかわる地域社会の人の力の活用です。地域で直接子育て支援に携わっている人々がこのことをしっかり理解し、今、地域で子育てをしている人たちに具体的にくり返し伝え続けることです。そしてできれば、絵本を読み聞かせ続けて親子の絆を強固にした親たち自身が地域社会で子育て中の後輩の親たちにこの読み聞かせの習慣化のノウハウを自然な形で伝え続けて行くことです。

 秋田県には、もう一つの方法があります。これは筆者が3年間、県生涯学習インストラクターの会の依頼で行った「祖父母の孫育て教室」です。老人の方々は、自分の孫育てに関しては大変熱心で、公民館やコミュニティセンター等の会場は、学ぼうとする老人の熱気で溢れていました。ここで2時間、TVやVTRの過視聴の問題や家庭における絵本の読み聞かせの基礎等を学ぶことができたのです。老人の方々は、時間に余裕のある方々が多いので、この学びを広げて行くことも大切と思います。

 絵本と子育て第2話 
  
 
  
 そして、私たち子育て支援に関わる者は、すでに絵本の読み聞かせを卒業してしまった子どもたちが、絵本を読み聞かせてもらうことを楽しんだ個々人の歴史をどのように人格形成に取り入れているかをけい眼を持って見抜いていく努力もしなければならないでしょう。子どもが大きくなればなるほど、遠い過去に絵本の虫だったことなどは親の記憶からは忘れ去られてしまうからです。絵本の読み聞かせを継続してしてもらった子ども自身や子育ての中で夢中になって絵本の読み聞かせを続けた親たちは、子どもの今と過去を絵本を通して結びつける魔法の手段をどこかに持っているものです。それを私たちは、丁寧に聞き出して行きましょう。
                                   ~つづく