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歴史を知る

戸波ケラ 祝いケラ

画像:戸波ケラ 祝いケラ

  「ケラ」は「毛羅」とも書き、「蓑(みの)」のことです。ワラや海草など植物性の原料を使って作られる作業着で、今で言う雨合羽であり、重い物を背負う時の背当ての役目も果たします。戸波地域の「ケラ」は、元禄年間(1688年~1704年)、加賀国(現在の石川県)金沢から来た浪人、対馬監物(つしまけんもつ)が作り方を教えたとされています。作業用の「ケラ」は「ミゲ」と呼ばれる野生の草を真夏に手で摘み乾燥させておき、農閑期の冬に女性たちの手仕事で作られました。第二次世界大戦前には年間3万枚も生産がありました。その後、合成繊維に押されて生産量が激減し、現在は壁掛けの民芸品としてミニチュアサイズのものが作られています。
 
 「ケラ」の中には色々な種類があり、「伊達(お洒落)ケラ」は襟幅を大きくとり、矢がすり、石畳、えびす紋などの模様を色とりどりの木綿糸で縫い込み、田植えや稲刈りなど、人目の多い作業の時に着られました。製作には非常に手間暇がかかり、嫁ぐ娘に持たせようと母親が心を込めて作りました。
さらに特別なのは結婚式の時にしか使われない「祝いケラ」。婚礼行列の先頭に立つ人が「祝いケラ」を身につけ、酒樽を背負って歩くことから「樽っこケラ」とも呼ばれます。襟には鶴亀、松竹梅、三三九度の杯が乗った三方などのめでたい模様がつけられます。「スゴモ」という海草を、海のある地方から取り寄せて泥で黒く染めて作られました。襟から3か所、長く白い麻束が垂らされ、「共白髪」になるまで末永く幸せに、との願いが込められています。
 
 現在では海草資源の不足と、編める人がほとんどいなくなったため、現存している「祝いケラ」は大変貴重です。幻の民芸品と言えるでしょう。
戸波鉱泉の入り口に小さな祝いケラが飾られていますので、お立ち寄りの際はご注目ください。
 
2013年6月掲載
■参考文献 
『増田町史』
『昭和37年10月1日号 あきた(通巻5号)』
 

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