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歴史を知る

山神社(薬師神社)・御獅子神社と祭典

画像:山神社(薬師神社)・御獅子神社と祭典

県道285号線沿い、釜ヶ台集落と道路を挟んで向かい合うように「薬師神社・御獅子神社」の看板があります。さらに、その隣には「山神社」の標柱があります。

その向こうにある小高い丘にあるのが、「釜ヶ台のお獅子様」として親しまれている神社がある神域です。
階段を上ると正面にあるのが「山神社(薬師神社)」、そして社殿の左側奥にあるのがご神体の巨岩「山神様」、そして社殿の反対側、一段下がったところにある神社が、獅子頭の納められた「御獅子神社」となります。

今は「山神社」と呼ばれるこの神社、宮司さんの話では仏教信仰が強くなったときに「薬師神社」となったのではないかと言います。明治四十三年(1910年)に、正式に「山神社」となりました。
古くは本荘藩藩主六郷氏の崇敬も篤く、神社は六郷氏の家紋「三つ盛亀甲に七曜」の使用を許可されています。

ここの祭典はちょっと変わったもので、毎年正月と五月、御獅子神社に安置されている獅子頭が釜ヶ台集落を回るのですが、この獅子頭、「誰も見たことがない」というのです。
獅子頭は麻の髪の毛で幾重にも幾重にも覆われて、一抱えもある卵のような形となっています。
毎年祭りのごとに一本ずつ、計二本の髪の毛が増え、その代わりに古い毛が抜かれて神社に奉納されます。
白い髪の毛に巻かれた獅子頭には、紺地に白い斑点がついた衣がつき、獅子舞をしそうな雰囲気なのですが、獅子舞をすることはありません。病人などの病床でその衣を広げて霊力を分けることはありますが、番楽のように「舞う」獅子とはまったく趣を異にしています。

一説にはその獅子頭は子どもの頭より少し小さいぐらいとも言われていますが、何しろ見たことがないので伝聞の域を出ることはありません。
祭りの列は、子どもたちが「マエダチ」として獅子頭の毛などをあしらった鉾などを持ち先に立ち、次に獅子頭を持ったりお札を持ったりするお供三人が首から背中にしきたりをよく知るもののしるしとして布片を下げます。
それに続くのはお囃子と宮司さんで、集落を一周するのは一日がかりです。
また、獅子頭は家々を回るだけでなく、「宿」と呼ばれる集落のそれぞれの地区の代表の家に入り、そこで丁寧にもてなされます。

一方その頃、村では神様の「引っ越し」が行われます。当番の家で安置されている神社の「分身」が引っ越しを行うのです。村を大きく二つに分け、毎年交替で神様を迎えるのです。古くからのしきたりに沿って、大きな幟ごと、神様は次の当番に引き継がれます。

祭りの終わり、獅子頭が戻り、御獅子神社へと入ります。社殿の中では、獅子頭が「着替え」を行いますが、このときお供三人を残して御獅子神社は固く施錠され、さらにお囃子はホラ貝まで加わって賑やかに、その上社殿を木の棒で打ちすえて、打つ人々は「おたーちー」と大声を張り上げます。
着替えの音すらも漏らしてはいけないのだそうです。

集落の伝統は、今もしっかりと受け継がれています。
 

2011年4月掲載

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