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歴史を知る

旧岩子小学校

画像:旧岩子小学校


 -地域と子供たちを繋いだ「小さな大学校」-

 
 岩子・大久保岱(いわこ・おおくぼだい)地域のシンボルとも言える岩子小学校は平成19年(2007年)に閉校しましたが、校舎が当時のまま残されています。
 
 昭和63年(1988年)に新築された白い校舎の壁面には、水沢川で川遊びを楽しむ人々が描かれた「岩子の詩」というタイルの大壁画があり、他にも星型の体育館や風見鶏タワーなど、斬新なデザインが目を見張り、室内は教室と廊下の壁を取りはらったコンパクトな設計です。玄関入口に佇む2本のメタセコイアに見守られ、子供たちは岩子小学校を巣立っていきました。
 
 岩子小学校は明治10年(1877年)、地域の人々が寄付金を募って校舎を建築し、岩子東岱学校として児童40人でスタートしました。その後、水沢小学校の分校や岩子尋常小学校など、いくつかの変遷を経て、昭和30年(1955年)に峰浜村立岩子小学校になります。
 
 「小さな大学校」というキャッチコピーを岩子小学校につけたのは、29代校長を務めた太田實さんです。「児童数は少なくても立派な学校にしよう」という思いからつけられたキャッチコピーは、今では地域住民の口癖になるほど岩子小学校の代名詞となっています。校舎内には、カモシカ、熊、フクロウなどの白神山地に生息する動物のはく製や、旧校舎に使用していた木造階段の欄干が博物館のように今も展示されています。
 
 岩子小学校は平成19年に閉校する前に、児童数の減少から一度統合の危機がありました。しかし住民たちの声が契機となり存続が決まります。岩子小学校が学校行事として始めた「ホタルフェスティバル」や、昭和47年(1972年)に始まった地区住民が全員参加する運動会など、岩子小学校は常に地域と一体となり、岩子・大久保岱地域の歴史を紡いできました。
2012年5月掲載

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