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歴史を知る

泉沢大般若

画像:泉沢大般若

 泉沢にある泉神社は、かつて「泉光院」と呼ばれる修験のお寺(法印寺)だったそうです。明治時代、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)という、神仏分離の動きがあった時に、ここ泉沢のお寺は神社になりました。

 
 お寺から集落に移されて大事に伝えられている掛け軸が「般若絵上諸仏菩薩像(はんにゃえじょうしょぶつぼさつぞう)」。この菩薩像を会館に掛けて大般若経を唱えるのが「大般若」です。この掛け軸の前で、地域の方々が檀家になっているお寺から僧侶の方がいらしてお経をあげます。
 
 しかしちょっと変わっていることが、お経が終わるか終らないかの時です。
小銭を準備していた参拝者が、次々とお賽銭をお坊さんめがけて投げつけます。昔は当たると縁起がいいと言うことで、もっと遠慮なくぶつけていたそうです。すぐに畳には小銭がいっぱい散らばり、参拝者へとお経が読まれて大般若は終了します。お札とお米をいただき、お米は朝ご飯と一緒に炊いていただきます。
 
 行事が終わった後に出される汁ものは、「缶詰汁」と呼ばれます。昔、「御馳走を何かお坊様に」と言ったときに、地元のお母さん方が考え出した料理で、今もこの行事のたびに出されます。
 
 作り方はいたって簡単。白だし醤油にネギ、豆腐、サバの水煮缶詰を入れるだけ。ところが、そうとは思えないほどの深い出汁が魅力です。昔はサンマで作っていたそうです。
 
 かつて一度やめようとなったそうですが、大般若が行われなかったその年、集落ではインフルエンザが大流行し存続が決まったそうです。また、ここは佐竹南家の家臣団の住んだ地域と言われ、武家屋敷もあります。そうした地域性が、伝統を守っているのかもしれません。
2011年4月掲載

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