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歴史を知る

結(ゆ)いの心

画像:結(ゆ)いの心

 

 三又には、今も「結い」の制度が生きています。「結い」とは、集落を構成する家々に大きな出来事が起きた場合、そこに住む全ての人が、共同して作業にあたる精神のことです。
 
 例えば、茅葺き屋根の“葺き替え”には、大変な費用と労力を要しますが、三又では、これを集落全体で支えてきました。葺き替えは数十年に一度のことなので、毎年毎年、力を合わせて一軒ずつ順繰りに行う訳です。
 不幸があった時も同様にします。三又は90世帯ほどの小村ですが、その全ての家から弔問を受けるのだそうです。
 
 集落の中心地にはかつて、「久美愛(くみあい)協同浴場」という名の、住民がお金を出し合って建てた入浴場がありました。大きな沢が少なく、水量に恵まれない不便を、「浴場」という共用の形で解決したのです。湯を沸かす薪も、それぞれが持ち寄りました。
 
 「結い」の制度は、昔の農村ならどこででも見られた風習です。それが失われてしまったのは、戦後の高度経済成長の過程で、村社会にあった扶助の精神が薄れてきたからだと考えられています。
 
 「みんな、楽しんで暮らしているよ。苦労と言えばお金が無いことかな?」、そんな冗談交じりの会話が、笑い声と一緒に聞こえてきます。「共助」の二文字も、よく耳にする言葉です。
 三又の人と人は、心に沁みてくるような思いやりでつながっていました。現代が置いてきぼりにした忘れ物を、ここでは宝物にまで磨き上げています。
2010年4月掲載

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