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語りを聞く

おスエさん オサノさん姉妹の根花餅

画像:おスエさん オサノさん姉妹の根花餅

 「また根花餅(ねばなもち)を食べてみたい」そう呟いたのは、三ツ方森(みつかたもり)集落に住む猪股おスエさんでした。

 平成22年(2010年)、元気ムラ推進チームと三ツ方森・大台地域で行われたワークショップの中で、おスエさんが話したその言葉がきっかけとなり、「地域の元気づくり実践活動」として始まった「根花餅づくり再生・継承プロジェクト」には、三ツ方森・大台地域の方々をはじめ、元気ムラ応援団や近隣の石沢地域、大学生や有志の方々など、約40人が集いました。

 「根花餅」とは「わらび餅」のことを言い、わらびの根っこから抽出される粘々したデンプン、つまり「わらび粉(根花粉)」で作られます。平成22年の「根花餅」作りは、そのわらびの根掘りから始まり、根を叩いてデンプンを抽出し、さらに水で漉し乾燥した根花粉を作ります。おスエさんが20歳の頃に作っていた「根花餅」の作り方を思い出しながら、参加者の皆さんに指導をしていきます。
 この時作った「根花餅」は固く仕上がってしまい、食べることが出来なかったそうです。
 その後、三ツ方森集落の方々は、大仙市南外へ行き、「根花餅」作りを勉強してきました。

 そして、23年11月3日、再び「根花餅」作りが行われ、おスエさんと姉のオサノさんを先頭に、わらびの根掘りや、わらびの根を叩いてデンプンを抽出する作業などの指導に務めました。デンプン抽出作業は、束になったわらびの根を叩いていきますが、大人数で叩いてもなかなか終わりが見えず、作業に慣れていない人の中には手にマメができるほどの大変な作業です。わらびの根のデンプンはヌルヌルとした触感がしますが、この後さらさらとした粉へと変身していきます。
 水で2回ほど漉した後、米ぬかでさらに漉し、「舟」と呼ばれる木の水槽でデンプンを分離させていきます。デンプンは水槽の下へとどんどんたまっていき、このデンプンを乾燥させ砕いていくと根花粉が出来上がります。

 そんな大変な作業から作り出される根花粉は、山の上にあり田んぼの少ない三ツ方森集落では江戸時代から貴重な食料として食べられていました。
 また、おスエさんとオサノさんの出身地である滝地域でも、戦時中、食糧難を助ける食糧だったそうです。早朝からわらびの根を掘りに行くことが、二人の仕事でした。おスエさんとオサノさんが掘ってきたわらびの根で、お母さんが根花粉を作ります。
 当時、根花粉はお餅にすることもありましたが、ご飯が足りないときには少量のご飯に根花粉を混ぜて、食べたこともありました。

 そんな根花粉を使った「根花餅」が23年11月12日、「三ツ方森茶屋」というイベントで復活を遂げました。イベントには他の元気ムラ地域「八峰町・本館地域」と「三種町・上岩川地域」の方々、かねてから三ツ方森・大台地域と交流があった石沢地域の「石沢川を探訪する会」の方々など総勢70人が訪れ、たくさんの方に「根花餅」が振る舞われました。

 「根花餅」を食べた参加者の方々は「歯ごたえがあってとても美味しかった」と話し、おスエさんとオサノさんも「去年より軟らかかった」「今回の根花餅はちゃんと餅の照りが出ていた」とその出来を喜んでいました。

 三ツ方森集落と大台集落へそれぞれ嫁いできたおスエさんとオサノさん。お二人は、三ツ方森・大台地域の隣、滝地域の出身で、おスエさんは20代の頃、三ツ方森集落へ「根花餅」作りを教えに来たことがあったそうです。

 嫁いで60数年、戦争時代の生きるための術が、三ツ方森・大台地域のお宝へと変化した瞬間でした。

2012年5月掲載

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