湯沢市院内地域の内町、御屋敷町内には、江戸時代、佐竹家一門(血族)の大山氏をはじめ、佐竹家・大山家の家臣が住んでいました。当時の絵図が残っています。秋田公文書館所蔵の『院内一円絵図』を見ると、大山氏の居館の位置や道路、家臣たちの家並みまできちんと載っているのがわかります。この絵図の道路や街並みは、現在の地図でもどこがどの道路だったのか、素人目にもはっきり分かるほど街並みが残されているのです。 

 院内は、秋田藩の藩境にも近く、院内銀山を擁するため秋田藩でも重要な地域でした。そのため、一門の大山氏を封じているのです。そうした武家町の特長として院内川を堀に見立て、万が一外敵が攻めてきたときの備えが随所に見られます。
 
 内町、御屋敷には今でもその名残がしっかりと残っています。クランク状に折れ曲がる道は「枡形」といって、敵が一気に進んでくるのを防ぎ見通しを効かなくするためのもので、地域のいたるところにこのクランク状の道路が現れます。また、廃城とはなったものの、近くには館山という城跡、そして現在は瀬戸山公園になっている大山氏の邸宅の一部も、守るのに都合のいい小高い丘に置かれています。
 
 また、大山氏の邸宅の大きさを今でも感じられるのも昔の街並みが残っているからこそで、院内小学校の裏から橋を渡って降木(ふるき)神社に向かう道路は、2か所でクランク状に折れ「枡形」になっていますが、古地図によるとちょうどこの枡形に囲まれた部分が、大山氏の邸宅があった場所となっています。
 
 実際に歩いてみるとその長さ約100mであり、古地図が正方形になっているので単純計算で約1ヘクタール、かなりの広さのお屋敷があったことが伺えます。
 
平成24(2012)年5月掲載
 
■参考文献
歴史を刻む銀山と関所の町 院内/編『過疎集落自立再生対策事業実行委員会
(特定非営利活動法人 おがちふるさと学校、秋田まるごと地球博物館ネットワーク、院内地域づくり協議会)』

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