本文へスキップ

名物に触れる

姥井戸山(うばいどやま)

画像:姥井戸山(うばいどやま)

 標高926mと仙道地域の近在ではもっとも標高の高い姥井戸山は地域のシンボルです。羽後町・由利本庄市・湯沢市の境界線としてそびえ、姥井戸山は仙道地域では、「日長金山」と呼ばれて親しまれてきました。日が沈むのが早い仙道地域の中では、西日が最も長く当たる山だから、「日長」と呼ばれるようになったと言われています。
 
 院内銀山と隣り合わせに位置するこの山は、鉱山として採掘された時期がありました。はっきりとした記録は残っていませんが、平安時代末期、奥州藤原氏の築いた岩手県平泉町の中尊寺金色堂や、羽後町の三輪神社建立の際にも金鉱を納めたという言い伝えが残っています。

藩政時代末期から昭和にかけて、何度か採掘が試みられましたが、採算に乗らず鉱山として大きく発展することはありませんでした。坑道は現在も山腹に残っているため、登山の際は細心の注意が必要です。
 
 仙道小学校(明治20年創立、平成28年閉校)・仙道中学校(昭和22年創立、平成3年閉校)の校歌にも歌われてきた姥井戸山。どちらの校歌も、仙道小学校出身の作詞家・木沢長太郎(大正5年生~平成4年没)によって作詞されたものです。
四季折々の色に染まる姥井戸山は、歴史のロマンを秘めてこれからも地域の人々を見守っています。
 
■参考文献
羽後町郷土史編纂委員会「羽後町郷土史」
仙道の歴史を探る会 「仙道の地域誌」
 
2016年3月31日掲載

ページ上部へ戻る