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歴史を知る

榮神社と獅子祭りの神事

画像:榮神社と獅子祭りの神事

  榮神社は、かつて「法龍山祝融寺太子堂(ほうりゅうざん しゅくゆうじ たいしどう)」と呼ばれていました。創建は大同4年(809年)と伝えられ、坂上田村麻呂が太子堂を建立し、聖徳太子の尊像を祀ったものとされています。現在のご神像は明応5年(1492年)雲海、性海、大海と言う修行僧が携えていた太子像と言われています。

 
 戦国時代、永禄7年(1564年)には大屋地域を含む横手平鹿~湯沢雄勝を支配していた小野寺氏の祈願所に加えられます。関ヶ原の戦いが終わり、江戸時代が始まると佐竹氏が支配する領域になり、享和2年(1802年)には佐竹氏の祈願所に加わっています。現在の拝殿は、江戸時代後期の文政12年(1829年)に建て替え修復されたものです。
 
 明治に入り、神仏分離令(神仏を合わせて祀っていた神社仏閣を神道と仏教に分離する命令)が出され、「大谷(おおや)神社」と改称、明治22年(1889年)に、「榮村(さかえむら)」の誕生に合わせて「榮神社」となり、現在に至ります。
 境内には入り口付近に厳島神社もあり、こちらは女性の無病息災と安産の神様として信仰されています。
 
 また、神社には、かつて神仏分離令の際に行方不明になっていた二頭の獅子頭のうちの一頭が大切に祀られています。一時期、あるお寺に奉納され、檀家の一人が大切に祀っていました。ある日、その檀家の夢に獅子が現れ、榮神社へ帰りたいと訴えたと伝わります。こうして、昭和24年(1949年)に一頭だけが戻ってきました。現在も9月19日の厳島神社の例祭日に、獅子祭りの神事として獅子舞が行われています。
 獅子舞は、途中で参拝者の出した布包みを食べる所作を行います。中に入っている物を身につけてお守りとするのですが、湯沢市・小野地域の「泉澤番楽(リンク)」、羽後町・堀回地域「元城獅子舞(リンク)」にも見られる所作です。ちなみに、神職の神原さんのこだわりは「神事に手抜きをしないこと」、省略されがちな神事も、きちんと行うのが榮神社のやり方です。
 
 獅子祭りの神事の様子は、産地直送ブログでもご紹介しております。是非ご覧ください。
2013年8月掲載
【産地直送ブログ】
 

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