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産地直送ブログ

八幡弊を天高く! 藤里町・米田の根城豊作相撲 ~後編~

2012年11月16日

八幡弊を天高く

前編に引き続き、藤里町・米田の「根城豊作相撲」をリポートします!

夕方になってきました 熱戦
熱戦 (2) 熱戦 (1)

15時を過ぎても熱戦が続いています。
腕に書かれたしこ名は消えかかり、肌には土俵の土がついていました。

大関の取り組みを見守る

16時ころ、とうとう結びの一番が始まりました。
土俵に上がった全ての人々が大関戦を見守ります。
ちなみに根城豊作相撲は「横綱」は無く、大関が事実上の最高位となります。

仕切り直し (2) 仕切り直し (1)

結びの一番、東西大関の対戦は真剣そのもの。

最後の大関の取り組み (1) 最後の大関の取り組み (2)

7分近くの熱戦の末……

行事がストップ!

ここで行司がストップ!

来年に持ち越し

「勝負は来年に持ち越し」と行司が告げます。
勝敗を決しないのが根城豊作相撲の決まりです。
豊作祈願を目的としているので、神様に勝負の行方が気になるようにして「来年もまた見にきてください」と願いを込めているといいます。

土俵に集まる

そして、行司の合図と共に、周囲にいた関取たちが一斉に土俵に上がり、
何かを引っ張りだそうとしています。

米俵が土俵の中から!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
なんと土俵の中から「俵」が出てきました!

たくさん出てきます 八幡弊を……

引っ張り出した俵を土俵の中央に積み上げ……

天幕をつく 天高くつく

サンサンサンヨ~ オサカサンノサンヨ~」とかけ声をかけながら、
参加した男性、行司、スタッフが次々に八幡弊を紫色の天幕に突き上げます。

秀男コール

秀男!秀男!」とコールされ、司会の加藤秀男さんも八幡弊を手に持ち土俵の上へ。
26~27歳頃から司会を始めた秀男さん。
昔も今も、下書きや準備をすることは無く、全て「アドリブ」と話します、
みんなに喜んでもらえればいい。昔と比べると子どもが少なく寂しくなってきたけど
地元にいる人間で盛り上げたい。守っていきたいね
」。

根城相撲甚句を詠いながら 佐々木町長も米田の住民

この後は「根城相撲甚句」を唄いながら、男たちが土俵の周囲で踊り始めます。
太鼓を叩いているは米田の住民でもある藤里町・佐々木町長(写真右)。
佐々木町長もこの土俵から出ています。
米田の男は皆、この土俵に上がってきました。

加藤団長

開会式で「団長になってから初めて晴れました。とても嬉しい。
今年も最高の相撲大会にしたい
」と挨拶していた根城青年団の加藤団長。

普段は「皆に喜んでもらわなきゃ」と相撲を取っている加藤団長ですが、
今年は身内で不幸があったため、土俵には上がらず裏方にまわりました。
裏方で働いたことにより、競技の様子や観衆など全体じっくり見ることができたそうです。

明治35年から、皆でずっと続けてきたんだろうな」と加藤団長は話します。

八幡弊は米田の誇り

根城豊作相撲の土俵づくりは10日ほど前から始めるといいます。
土の提供は地元の建設会社が協力し、俵編みの職人が俵製作を行います。
当日の競技以外にも、見えない部分で地域が相撲を支えています。

DSC02606 相撲の観衆

地域の子供たちも、この日の様子をしっかりその目に焼き付けました。
住民が楽しみにしている根城豊作相撲は米田で、ず~っと続いていって欲しいです。
米田の田園風景

相撲が終わった後の帰り道の景色です。米田では稲刈りが本格化していました。
今年も豊作になることでしょう。

藤里町・米田から根城豊作相撲のリポートをお送りしました!

※根城豊作相撲については次のリンク先にも詳しく紹介されています。ぜひご覧ください。
根城豊作相撲(元気ムラウェブサイト)
根城青年団(元気ムラウェブサイト)
秋田民俗芸能アーカイブス 根城相撲

Author: | Category:06山本エリア, 米田地域


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