おいしいお話
おいしいお話
2020年04月17日
横手市増田町は、「内蔵」と呼ばれる、蔵のある建物が軒を連ね、その風情ある町並を楽しもうと、四季折々、多くの観光客が訪れる町です。
そのなかに「旬菜みそ茶屋 くらを」という店があります。ここは、横手市の麹屋「羽場こうじ店」が営む飲食店。店内では、米麹はもちろん、米麹たっぷりの味噌の量り売り、米麹を煎って作られた「米麹茶」なども販売。
そして、奥に構えた飲食スペースでは、麹をふんだんに使った料理を楽しむことができます。
この店を訪ね、料理をいただきながら、秋田ならではの、麹や米を中心とした食文化について伺っていきます。
お話いただくのは、店主の鈴木百合子さんです。
【食を支えるもの】
お食事の前に、まずはこちらを味わってみてください。
この蔵の水と、羽場こうじで作った米麹です。 ここは、かつては酒蔵だったこともあって、良いお水が飲めるんです。この地域の人たちの暮らしには、こうして「自然水を飲む」ということが、まだまだふつうにあります。
ここの水は、栗駒山のほうから流れてくるもので、甘みがあると言われていますね。味噌汁の味も、水が変わると全く違います。
くらをは、旧勇駒酒造の建物を活用しており、ここにも大きな内蔵が残る。
秋田のようなお米がたくさん穫れる地域というのは、水が大事で、その水はどこから来るのかというと、雪。冬のあの豪雪も、この美味しい水や米になっていると思えば、許せるかな(笑)。
そして、米麹。うちのお食事にはこの麹がたくさん使われているんですが、「麹の味」って、どんなものかわかりますか?
その問いに、先に答えを出してしまおうと思って。それを知らずに食べていただいたのでは、麹への意識はぼんやりしたもので終わってしまうかもしれませんが、こうすれば、お食事のなかで「ああ、これは麹の甘みなんだ」っていうのを感じていただけますよね。
こうして、この店の味のベースになっているものを知っていただいてから、お食事をお出ししています。
【こうじ屋のお昼ごはん】
3月の「こうじ屋のお昼ごはん」。ぜんまい白和え、三関産ひろっこ酢味噌あえ、うど塩麹金平、昆布の佃煮、平鹿町産卵の茶碗蒸し、塩麹蒸し鶏、信太巻き、季節の漬物など。
汁物は、味噌汁2種、スープ1種の中から選ぶことができる。こちらは「お花と筍の味噌汁」。羽場こうじの「特上きすけ味噌」を使用。
こちらは「野菜たっぷりの味噌汁」。五根三菜を使用。具材によって味噌を変えており、こちらは「きすけ味噌」を使用。
お櫃の中には羽釜で炊かれたごはんが。こちらはおかわり自由。
食後には、甘さけを使ったデザートと米麹茶も。
お膳は、麹と、秋田の食材を中心に使って、月ごとにメニューを変えていますが、「今、その時期に、自分たちが食べているもの」というものをベースにしています。
【米の力を信じる】
くらをの食事に限らず、この地域の人たちは、「米を食べるためのおかず」を考えているように感じます。
おそらく、秋田の人たちの多くが、春になると「ばっけ(ふきのうとう)を摘んで、ばっけ味噌でごはんを食べたいなぁ」と思うんですよね。そんなふうに「季節のもので、ごはんをどう食べよう?」そういう思考でいつも生きているように思えますね。
今はいろんな食べ方があって、どれが正解ということはないとは思うし、「お米じゃないとダメ」っていうわけじゃないんだけど、なぜ日本人が米を主食として暮らしてきたのかっていう答えが、自分の中でもう少しで出そうな気がしていて。
自分の体に一番近い、内臓が喜ぶもののような気がするんですよね。とくに、秋田の人たちは、「米=エネルギー」であることを体がわかっているように思います。
そしてさらに、米を麹という調味料にして、野菜を漬けたり、肉や魚を漬けたりして、ごはんのおかずとして、味や栄養面でも豊かなものにする。米の力を信じているんですよね。
そして、元々、甘いものが好きな県民性もあって、「甘さ」を米麹で補ってきた。それが「発酵を促す」ということにも繫がって、お味噌を作るときに米麹をたっぷり入れたら、こんなに寒い地域でも1年で美味しい味噌を作ることができた。
「健康のため」とか「生きるため」ということだけだと、文化は止まってしまっていたんだろうけど、「美味しい」「便利」があったおかげでこうして続いてきたんだと思うんですよね。
【お母さんたちのやってきたことを残す】
ここで働いているのは、地元のお母さんたち。毎月のレシピも一緒に考えています。
この、お母さんたちがごはんを作っている姿が、すごく可愛らしくって、癒されるんです。私はこれが、くらをの一番の魅力だと思っています。
そして、お母さんたちの持っている知識やテクニックは、文化財だと思っているんですよ。
この店を始めたのは、この通りが観光地であることや、麹屋という家業があったことがきっかけで、はじめは「くらをは、羽場こうじ店の飲食部門です」というくらいの気持ちだったように思います。
でも、ここでお母さんたちの仕事に触れれば触れるほど「こうして継がれてきた味や技術も、放っておいたら確実に途絶えてしまう」という、恐怖を感じるようになって。だんだんと「これを残していかないと」と思うようになっていったんです。
お母さんたちのやってきたことを残していくというのは、「お料理の味」だけではなくて、「食べる意味」を残していくということ。
そして、そこには必ず、麹が使われているんですよ。麹が使われているということは、結果、うちの家業も残る……そういう考え方に変わっていきましたね。
【麹がある暮らしを繫ぐ】
そのためには、「麹がある暮らし」「麹を使う」ということを伝えていかければと思っています。
例えば、今 20 代や 30 代の人たちが、妻になり、母になり、「自分の料理でこの人たちの健康を作らないといけない」という環境になったときに「麹って便利だ!」となっていてほしい。
麹って、使うと料理が楽になるんです。数日置くと臭いがしてきてしまうような特売の肉も、麹に漬けておいたら美味しくなる。
使い方さえ覚えれば、誰でも「私、料理上手になったんじゃない?」という気持ちになれるんです。
でも、これまでのお母さんたちの技術そのままを受けぐのは、ハードルが高いかもしれない。忙しいときって、フライパンだけで調理したいですよね。
だから、今の食文化にも合うものを一つでも二つでも編み出していって、みんなが抵抗なく、楽しく、麹の使い方の世界を広げていけるようにすることが私の役割なんだと思っています。
店内には、酒粕と味噌や麹を混ぜたものなど、普段使いにも便利な瓶詰めも並ぶ。
そして、麹の入口に入ってもらえたら、あとは、それぞれが家族の嗜好に合わせて自由にレシピを作っていくことで、「いつものメニュー」ができていく。
そうしたら、それが、ゆくゆくは伝統料理になっていくんだろうと思うんですよね。