おいしいお話
おいしいお話
2024年03月22日
text by Sawako Kimijima / photographs by masahiro Goda
江戸の料理文化の探求者として知られる東京・芝公園の日本料理店「江戸前 芝浜」の店主・海原大(かいばら・ひろし)さんは、米の扱いにも精通する料理人です。米に強いこだわりを持つ料理店「心米」「米福」で働いた経験から、自分の店を開いてからもごはんをおいしく提供することに精魂込めてきました。
様々な品種を扱ってきただけに、自身の米の理想像が確立している海原さんですが、秋田米新品種「サキホコレ」には「旨味、品格、上質感がある」と高い評価を寄せています。
海原大(かいばら・ひろし)さん。葉山「日影茶屋」で修業を開始、東京の「心米」「米花」「米福」などで経験を積む。「江戸前 芝浜」は『ミシュランガイド東京2024』にセレクテッドレストランとして掲載、ぴあ『東京最高のレストラン』にも毎年登場している。
「サキホコレの張りのある感じ、好きですね。理想像と重なります」
「サキホコレにはひと粒ひと粒の張りを感じます。舌触りも良いですね。噛み進めるにつれて、旨味――甘味というより旨味です――が出てくる。そして全体の印象として、品格、上質感があります」と海原さん。
海原さんがお米を選ぶポイントは「食味」「香り」「透明感」、さらに重要視するのが「張り」だそうです。
「張りがあることで、ひと粒ひと粒の存在感が際立ち、噛んだ時に弾力が生まれ、食べ応えや味わいの実感が膨らむんですね」
「張り」に重きを置けばこそ、海原さんはごはんを提供する際に必ずひと手間をかけます。おひつに移すのです。
「炊き上がったら、蒸らし切る前におひつに移します。熱々のうちに空気に触れることによって、米粒の表面がコーティングされたかのように張りが増します。すると、食感や味わいにメリハリが出て、心の琴線に触れるごはんになる」
海原さんによるサキホコレの炊き上がり。粒立ちの良さが見て取れる。
蒸らし切る前におひつに移す。米粒が空気に触れることで、表面がコーティングされて、張りを増す。
複数人数のお客様には、おひつごと食卓に出すことも少なくない。
海原さんに教わるおいしいごはんの炊き方
ここで、海原さんのごはんの炊き方をご紹介しましょう。
「以前働いていた『心米』で習得した炊き方です。同店では常時10種以上の米を厳選して用意し、注文が入る度に土鍋で炊いて提供していました」
土鍋と聞くと、「むずかしそう」「面倒そう」と思いがちですが、慣れさえすれば短時間で素早くおいしく炊く方法。おいしいごはんへの近道と言えます。
米をミネラルウォーターで手早く洗った後に、浄水で研ぐ。研ぎは1回。ザルにあげて水を切り、3時間以上浸水させる。水は出羽三山系の天然水(硬度53mg/Lの軟水)を使用。
万古焼の土鍋に米と水を入れて強火にかける。「万古焼の土鍋を使うと、シャープな炊き上がりになる」と海原さん。この日は2合強の米に同割の水。
頃合いを見計らって米の表面の泡の状態を確認する。泡が粘りを含んで大きくなったら、火力を最小に弱める。
2合強の米の場合、強火で7分、弱火にしてから7分が炊き時間の目安。「米の品種や道具によっても変わるので、何度か炊く中で最適のタイミングを見つけてください」。
「火を止める見極めは米の表面のツヤ。こればかりは経験」。火を止めて、蓋をしたまま2分置いた後、蒸らし切る前におひつに移す。
蒸らし切る前に移すと、土鍋の内側に米が貼り付いた状態になる。このまま再び火にかけて、水分を飛ばす。すると、お焦げになって、パリパリときれいにはがれる。
海原さんは、お焦げを「干し飯」として保存食にする。「鍋料理の〆の雑炊に使うと、すばらしくおいしいですよ」。
江戸の料理は“ごはんがすすむおかず”
海原さんが江戸の食文化にのめり込んだ背景には、江戸料理の研究者として知られる東京・大塚「なべ家」(2016年に閉店)のご主人・福田浩さんの存在がありました。
「東京生まれの自分にとっての郷土料理とは何だろうと調べる中で、『なべ家』を知ったんですね。店に伺ったところ、福田さんが江戸の食文化についてお話しくださった。ああ、こんな世界があったのか、と衝撃を受けました。料理の佇まいにも惹かれた。福田さんの著書(『完本 大江戸料理帖』、『江戸料理百選』(共著)、『料理いろは庖丁』、『豆腐百珍』など)を手元に置いて学び、様々な古い文献にあたるようになりました」
店で扱う日本酒の銘柄を示す木札。剣菱や菊正宗は江戸期に「下り酒」と呼ばれて珍重された上方の酒、澤乃井、多満自慢は江戸の酒だ。
壁に貼られた江戸時代(19世紀)のおかず番付「日々徳用倹約料理角力取組」の写し。この中から、大関「八杯豆腐」と関脇「むき身切干」を作ってくださった。
八杯豆腐。水7:醤油1の割合のつゆを煮立て、サイコロに切った豆腐を軽く温めて器に盛る。削り節とおろし醤油を添えて供する。
むき身切干。ハマグリのだしで切干大根を煮る。驚くほど上品な味わい。江戸庶民の味覚レベルの高さを思い知らされる味わいだ。
こちらは「梅ケ香(うめがか)」。奈良時代から存在すると言われる飯の供。煮切り酒に浸した焼き海苔、叩いた梅干し、削り鰹(目の細かいもの)を混ぜ合わせる。
江戸の食事情を調べて見えてくるのは、日本人にとっての米の大切さ。
「当時、日本人は1日4~5合の米を食べていたと言われます。つまり、江戸時代のおかずとは、ごはんを食べ進めるためのものなんですね。“江戸は朝炊き、京・大坂は昼炊き”が世の習いで、1日1回しか炊かなかったため、1日2食は冷めたごはんを食べなければならない。冷えたごはんをどう食べるかという工夫から生まれたのが“湯漬け”です。江戸期創業の佃煮屋さんの佃煮は味が濃いと言われますが、湯漬けで食べるのだから当然です。濃い味が湯に広がってちょうど良くなるんです」
現代人の食嗜好にはまるサキホコレ
「サキホコレは芯の味わいが力強い」と海原さんは言います。「冷めてもおいしいから、お弁当やおにぎりにも向いていますね。江戸の人たちのように湯漬けにせずとも、つい箸が進む米ですが、張りがあるだけに、江戸好きの僕は『湯漬けにぴったり!』とも思うんですよ(笑)」
サキホコレの芯の味わいの強さは、食卓の主役となり得る米であると同時に、「風味の力強いおかずを受け止めてくれる」と海原さん。「たとえば、鰻や肉などコクのある食材との相性が良いと思います」。
鰻やすき焼きといった和食、ステーキやハンバーグなどの洋食、いずれにも合い、現代人の食嗜好に適うお米と言えそうです。現代の食卓で湯漬けが登場する機会はまずありませんが、その代わり、つゆやタレをかけたメニューは数知れず。「親子丼や牛丼など肉系の具材をつかったどんぶりにも良いでしょう。張りがあるから、つゆだくでもべちゃっとしない。中華丼や天津丼のようなあんかけごはんにも向いています」。
「サキホコレは芯の味わいが力強いから、それだけでおいしい。と同時に味の強いおかずをしっかり受け止める。現代の食卓向きですね」
そして、海原さんの意外なお薦めは酢飯です。「芯の味わいが強いので、合わせ酢の味に負けず、しかも張りがあるから、水分を吸っても粒崩れしない」。そして、もうひとつ、「粒の大きさは、具だくさんの炊き込みご飯でも生きると思います」。
米自体がおいしいだけに白米で食べがちなサキホコレですが、米に精通する海原さんの眼を通して見ると、サキホコレならではの持ち味を生かす料理が限りなく広がり、サキホコレを使うことでおいしくなるメニューがあることに気付かされます。
米と向き合うことで食卓が豊かになる
「江戸前 芝浜」には、土鍋、おひつ、塗り椀、お茶碗など、ごはんの道具がサイズ違いや材質違いで様々に取り揃います。米と真正面から向き合った時、その真価を引き出すために、道具を厳選し、炊き方を研究し、おかずを試行錯誤し……米を取り巻く様々な事柄まで吟味することによって、食卓が豊かになっていることを痛感させられます。
海原さんは2つの削り器を使って鰹節を削る。左の小さい方で表面や血合いを削り落としてから、大きい方で芯の部分を削る。
上が鰹節の表面や血合いを削ったもの、下が芯の透明度の高い部分を削ったもの。上は根菜などを煮炊きするのに使う。前述の「梅ケ香」には下の細かな削り節を使っている。
削り器の刃を木槌で調整する海原さん。手前にはおひつが2種並んでいる。米には日本人が長い年月をかけて積み上げてきた食文化が取り巻いている。海原さんはそれらを絶やさぬよう生かし続ける。
ところで、海原さんが一番好きなごはんの食べ方は何ですか?
「削りたての鰹節をこんもりのせて、塩をふって食べるおかかごはんですね」
おかかには醤油と思いがちですが、「塩のほうがごはんの味が引き立つから」と海原さん。
「お米が良ければ、シンプル・イズ・ベストです」
「江戸前 芝浜」
東京都港区芝2-22-23 冨味ビル1階
TEL.03-3453-6888
平日・土曜・祝前日 17:30~23:30 (21:00LO)
日曜・祝日 17:30~23:30 (21:00LO)
*ランチは、2営業日前までの予約にて可
不定休
http://taika-shiba.com/