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歴史を知る

鐙八幡の岩崎八幡神社

画像:鐙八幡の岩崎八幡神社

  藤の花の名所として知られる千年(ちとせ)公園の一角に岩崎八幡神社があります。岩崎八幡神社には、平安時代後期に勃発した後三年の合戦(1083年~1087年)で源義家が金沢柵と沼柵(現在の横手市金沢)の清原家衡・武衡を攻める前に立ち寄り、馬の鐙を奉納して戦勝祈願したという言い伝えが残されています。この鐙は「鐙八幡」と呼ばれ、岩崎八幡神社の御神宝として受け継がれてきました。

 江戸時代の享和3年(1803年)、当時の秋田藩主・佐竹義和からの命で鐙は藩庫に納められました。義和公は鐙の代わりに狩野秀水に描かせた鐙写生図に、自身で鐙八幡と書いた掛け軸を岩崎八幡神社に寄進しました。この掛け軸が源義家を語る逸話として、今も大事に受け継がれています。
 
 毎年9月の第一日曜日は岩崎八幡神社の祭典が行われます。末広町を含む岩崎地域の5つ町内(緑町、末広町、清影町、栄町、松並町)により御神輿の渡御が行われ、巫女姿の女性を先頭に、天狗とおかめ(お多福)、旗持ち、武具持ち、消防団、小神楽、御神輿、氏子、一般参列者と続き、約2時間かけて岩崎地域内を練り歩きます。白装束姿の一行の姿は歴史ある岩崎地域の町並みに映え、岩崎の伝統を感じさせる行事の一つとなっています。
 当日は、各家々で玄関先に提灯をかかげて住民の皆さんは御神輿を出迎えます。家の中には、畑の収穫物や秋の果物などを供えた祭壇をつくる風習が今も受け継がれており、ススキといものこ(里芋)は必ずお供えするそうです。
 
2016年3月31日掲載
 
■参考文献 『湯澤市史』

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