濱田勤吾銅像・建立40周年式典(長崎県大村市)
長崎県大村市の大村公園に、戊辰戦争で戦死した秋田県出身の濵田勤吾少年の銅像があります。
銅像が建立されて40周年になり、2026年8月22日(土)15時、姉妹都市の縁組を結んでいる秋田県仙北市の田口知明市長や仙北市議会議員、それに仙北市の有志で作る戊辰会などから27名が、記念式典に参列しました。
式典には前知事の佐竹敬久さんの姿もありました。

濵田勤吾は、戊辰戦争で秋田救援の大村藩・北伐隊225名の隊員に加わりました。
最新の洋式兵器で武装した少年鼓手でしたが、1868年(慶応4年)9月15日、刈和野の激戦で二発の銃弾を浴び戦死しました。弱冠15歳でした。
母チカが勤吾の服に縫い付けた和歌も残っています。「ふた葉より 手くれ水くれ 待つ花は 君がためにこそ 咲けよ このとき」、銅像は仙北市にも建立されています。

少年鼓手・濵田勤吾銅像
戊辰会の一行は秋田空港から羽田、長崎空港経由で大村市を訪ね、記念式典から長崎市の平和公園や原爆資料館、遠藤周作文学館なども訪ねた後、24日に長崎空港から伊丹経由で秋田に戻りました。佐賀秋田県人会の西田しのぶさんや内田健太さんが一行に付き添いました。

(写真左:前知事・佐竹さんと佐賀秋田県人会の内田健太さん / 写真右:佐賀県有田町・柿右衛門窯での一行。)
