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語りを聞く

最後のシカリ 佐藤冨久栄さん

画像:最後のシカリ 佐藤冨久栄さん

 
  「一番大切なのは、山との調和――」、根子マタギの最後の“シカリ”・佐藤冨久栄さんの言葉です。シカリとは、マタギ組織の長(オサ)のこと。冬山を歩き、熊を仕留める荒仕事から想像される「猛々しさ」とはおよそ遠い、温厚な人柄が印象的でした。

 
根子児童館にはマタギに関する資料が展示されている  根子の暮らしには山の恵みを活かす知恵であふれている
 
 冨久栄さんは父親から、「山立根本巻(やまだちこんぽんのまき)」という秘伝の巻物を受け継ぎました。これはシカリだけが所持できる貴重なもので、それ以外の者がのぞけば目が潰れると信じられていた頃もあります。
 巻物には、「日本残らず禽獣を捕ること勝手たるべし」という“狩りの許可”と、山中で守るべき“狩りの掟”が収められていました。
 「“マタギ言葉”を用い、里言葉を口にしない――」など、数々の禁忌が並び、食事の仕方にいたるまで、詳細な取り決めがあるそうです。掟を破った者は水垢離(みずごり)の“行”をして、山の神に詫びなければいけません。
 オコゼの干物を身につける、面白い慣わしもあります。これは、山を支配しているのが大変に醜い女神であるため、不細工なオコゼを見せて安心させるという意図からです。コンプレックスから解放された山の神は、精悍なマタギ衆に恋をして、獲物を授けてくれると云われています。
 狩猟の際、シカリに求められるのは臨機応変の判断力です。熊が興奮状態であれば闇雲に追わず、遠巻きに囲んで落ち着かせたり、地の利を取るために、“セコ”や“ブッパ”といった役目を割り振って、人数の配置を采配します。
 得てして結束を乱すのは新参者で、勇気と才能に恵まれている若者ほど失敗が多いそうです。手柄を焦るあまりの深追いが、全体を危機に陥れることもあります。
 そう語る冨久栄さんにも、苦い思い出がありました。父親がシカリを務めていた冨久栄さんの初狩りで、見事に熊を「ブッタ(撃った)」ものの、不用意に近づき、右足を負傷してしまったという経験を持ちます。
 自然を敬う心、指示を遵守させる統率力を具えていなければシカリを務めることはできません。確実に成果を上げる用心深さと、仲間の心理状態を察する感性も重要な資質です。シカリには絶対の権限が与えられていますが、同時に全ての責任を負ってもいます。
 
 マタギとしての矜持と共に生きてきた冨久栄さんにとって、寂しく、残念に思うことがあるそうです。それはご自身が最後のシカリになってしまったこと――、マタギの精神が途絶えようとしていることでした。
 狩猟を遊戯と捉える“ハンター”が、興味本位で乱獲を行ったり、誤射による痛ましい事故を起こすなどは、考えられもしないことです。
 かつて、自然から分け与えられたもので人間が幸福に暮らしていた時代がありました。「山立根本巻」が事細かに説くのは、つまるところ、自然との共存なのではないでしょうか。豊かな生活とは何なのかを、私たちは見つめ直さなければいけないのかもしれません。
 
                                 2010年4月掲載

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