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歴史を知る

彼岸花づくりの歴史

画像:彼岸花づくりの歴史

 中野地域では、毎年1月から2月にかけて「彼岸花」づくりが行われていました。かつて、雪深い県北地区では春彼岸の時期、墓前に供えるための生花が手に入らなかったため、彼岸花を造花で作ったといいます。中野で彼岸花作りが始まったのは昭和60年(1985)頃と言われ、地元老人クラブ「三岳老寿会」の有志が中心となり制作していました。

 中野の彼岸花は、ドロノキという木を主な原料に製造されています。花弁、茎、葉などの部品を薄く削りだして赤、オレンジ、黄色、紫、ピンクの五色の染料に漬けて、色づけを行います。中にはグラデーションのかかった深みのある色あいの花弁もあります。

 この彼岸花づくりは、地域住民たちの交流の場ともなっていて、丹精込めて作った「彼岸花」は、お彼岸の時期になると県北地区のスーパーや道の駅などの店頭を、鮮やかな色彩で彩りました。平成22年には中野町内会が秋田県の元気なムラづくり“チャレンジ”支援事業を活用し、新たなデザインの彼岸花作りにもチャレンジしました。
彼岸花づくりの様子は「産地直送ブログ」でご覧になれます。

【関連リンク】産地直送ブログ
中野地域の彼岸花づくりに行ってきました!(2011年1月25日掲載)

 

2011年4月掲載

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