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歴史を知る

勝山越後三郎

画像:勝山越後三郎

 住民に愛された英雄「勝山越後三郎」

 大館市山田地域では、戦国時代の人物・勝山越後三郎の物語が伝えられています。

 越後三郎は、比内地方を支配していた浅利則頼に従う豪族で、山田村(当時)の山田館に居を構えていました。則頼は浅利家中興の祖と仰がれた武将です。所領に馬一頭を添えて忠誠を誓った19歳の越後三郎は厚遇されますが、主君の弟・定頼とは反りが合いません。とうとう深刻な対立を生み、越後三郎が定頼を討ち取ってしまいます。

 次は浅利家によって、越後三郎が攻撃される番になりました。当主は則頼から、子の勝頼に代替わりしています。一族は滅亡、壮絶な最期でした。勝頼は戦場の土を掘って捨てるほどの、徹底した処分を行いました。

 勝山越後三郎には謎が多く、不明な点や異説もありますが、大筋はこの通りだったようです。山田村に戦火をもたらしたにも係わらず、越後三郎は意外な同情を集めています。籠城中に酒樽や干し魚を密かに届けたり、跡形も無くなった荒れ地に地蔵を埋めて供養する者が現れたそうです。

 現在も地元の方々は皆、勝山贔屓です。越後三郎が住んだ山田館を「勝山城」、傍の八幡神社を「勝山神社」と呼んで偲んでいます。小学校では卒業制作の題材にもされる越後三郎は、いわば山田のご当地ヒーローです。その反骨を、山田の気質が愛するようです。

平成22(2010)年4月掲載
 
■参考文献
『田代町史』
 

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