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名物に触れる

三嶽山神社・奥宮祭

画像:三嶽山神社・奥宮祭

中野地域の背後の小高い丘陵には、寺院や神社が集まった場所があります。
ここが中野の神社「三嶽山神社」です。全應寺の奥にある立派な社殿は、「前殿」であり、本殿はさらに奥、五日市集落から奥に入った「山の頂上」に置かれています。これは、本尊が俗塵にまみれた下界を嫌ったためと、中野集落内の「前殿」案内看板に書かれています。

その縁起ははるか1000年以上の昔と伝えられ、天台宗の高僧、慈覚大師が開いたと伝わっています。また、神社が修験道と深い結びつきをもっているんだそうです。
三嶽神社では、毎年春にお神輿を出して村中でお祭りを祝いますが、その後、本殿への登山参拝が行われます。それが「奥宮祭」旧暦5月5日に行われるお祭りです。

当日、氏子の皆さんを中心にした参拝者たちはミニバンを連ねて参道へと向かいます。参道の登り口は中野から丁度山一つ裏側の辺りにあり、立派な石鳥居がスタート地点となります。ここの広場に駐車した後は、すぐそばの「蔵王堂」を目指します。ここに直会の荷物などを置いて、いよいよ本格的な登りが続く登山道となります。

登山道の途中、山の中腹を過ぎたころから、巨大な松をいくつも見ることが出来ます。江戸時代、久保田藩の重臣が、崇敬の念から幾本もの松を植樹したのだそうです。その松たちに試練が訪れた時期がありました。太平洋戦争末期、松根油(しょうこんゆ)をガソリンの代替とすべく、松の大量伐採、抜根が行われます。標高の低い松はすべて引き抜かれ、犀川の川岸に大量に積み上げられたと言います。今も、参道の左右の穴が当時の様子を物語っています。

大汗をかきながら登りきると、見事な社殿にたどり着きます。山深い中にある神社とは思えないほど大きな社殿は、信仰の深さを伺わせます。また、頂上付近にも関わらず、社殿のすぐ横には清水が湧きでており、ここまで登りきった人たちだけのご褒美となっています。
社殿の中には江戸時代からの参拝者たちの落書きが描かれ、慕われた神社だと言うのがよくわかります。中には人面馬体のユーモラスな絵もあり、当時の人々の豊かな想像力が伺えます。

この神社は、大葛の竜ヶ森とは浅からぬ関係をもつ神社として知られています。中野の三嶽山の神様は女神様、竜ヶ森の神様は男神様、竜ヶ森の神様は惚れた女神様に何度もアタックしますが、三嶽山の神様はそれを嫌がり、蛇神の竜ヶ森の神様が神域に入ってこられないように、「なめくじ」を山に放ちます。その這った跡が藤つるとなって山の木々に絡まったと言われています。
今でも、地元の方たちは、藤ツルの絡まった木は「神様の物」として、どんなに立派な木でも決して伐ることはないそうです。

※現地は険しい山道となっております。案内の方と共に参拝することをお勧めします。

■参考資料
現地解説看板(中野地域前殿)
 

2011年4月掲載

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