本文へスキップ

語りを聞く

鴇自治会

画像:鴇自治会

 

 鴇集落には、かつて「赤い雪」が降っていた時代があります。小坂鉱山が近かった鴇集落は、冬になると煙害により赤く染まった雪が降ったといいます。

現在は煙害もなく、鴇で赤い雪を見ることもなくなりました。しかし鴇自治会のメンバーが、鴇の冬を振り返るときに思いだすのは、そんな当時の、集落の人々が一つにまとまって過ごしていた鴇の景色です。

 
 自治会メンバーが子供のころは、隣の鳥越集落にある分校まで片道4㎞の道のりを、みなで歩いて通ったといいます。学校までの道のりは、坂を登って降りての繰り返し。子供たちにとって、毎日の登下校が、自然のトレーニングとなっていたのでしょう。

「鴇の人間は走らせると早いよ」と自治会のメンバーは自信を持って話します。足腰を鍛えられた鴇集落の人々の中からは、鴇大太鼓保存会の成田巨樹さんのように、冬季秋田わか杉国体で主将を務めるほどのスポーツマンを生み出しています。
 
 鴇の風土が身心ともにたくましい人間を育て上げてきました。小坂町のアカシア祭りで行われていた自治会対抗の綱引き大会では、鴇は何度も優勝しています。鴇の読み名「トキト」を図案化したマークが掲げられた鴇生活総合センター内には、集落の歴史を彩る賞状やトロフィーの数々が飾られています。

その中にある一枚の写真……写っているのは、白い雪が敷き詰められた季節に完成した鴇生活総合センター前に一同に会した鴇の人々。人々のまとまりを大事に活動してきた鴇自治会の歴史が、鴇生活総合センターには詰まっているのです。
2011年3月掲載

ページ上部へ戻る