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歴史を知る

菅原神社

画像:菅原神社

 

松館の西側にある天神館には、天神様こと菅原神社が祀られています。
そのすぐ南側には精左衛門館があり、その館主の松館清左衛門精長は菅原神社に深く関係がありました。
正安2年(1300年)、精長が無実の罪を着せられ、病の床に臥している時、夢の中に菅原道真が現れ、「あなたのこの度の災難は、無実と誰も証明してくれる様子はありません。あなたが日頃から私を敬うので、ここに現れたのです。あなたの罪を消滅し、安穏をもたらしましょう。」と告げ、梅の花を3回振り、精長を近くへと呼び、また精長へ告げます。
「私は、この館に安座し、この館に近い里の人を私の守り人とし、人々の悪い行いを消し、多くの災害を退け、家内を永久に守護します。また、あなたの無実の罪を晴らしましょう。」
そうして、夢の中に現れた道真は、神棚に入って行きました。
このお告げを聞いた精長は館の中にお堂を作り、「天満大自在綱乗天神宮」として信仰しました。すると無罪の罪は晴れ、病もたちまちに治りました。
その後、松館精長は柳館という所へ移り、柳館精長と名乗ることになりました。
柳館に精長が移る際、松館を別当成歓法印へ譲りました。別当は精長の跡を継ぎ、ますます綱乗天神を崇拝しました。
精長が移ったとされる「柳館」は文献にも、どの館かは不明だと記されており、現在も松館に残る「精左エ門館」に精長が住んでいたのは、菅原道真を祀る以前だったということが読み取れます。
現在では、菅原道真を祀っていることから「菅原神社」と呼ばれ、秋田県指定無形民俗文化財に指定されている「松館天満宮三台山獅子大権現舞」を奉納するなど、地域の方々から親しまれている神社となっています。
 
■参考文献
『鹿角の館』 -館跡航空写真測量調査報告書(2)-
 
2011年4月掲載

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