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名物に触れる

大葛温泉への道

画像:大葛温泉への道


大館市と鹿角市の境、古来より多くの鉱山で人々の往来があったこの山あいには、比内・大葛村と、かつて南部領であった鹿角郡とを結ぶ道がありました。

 秋田側の史料によれば、大葛・東金山の沢から南部領の山々へ通ずる小道や、南部側の村へ出る険しい道があったことがわかります。一方で、南部側であった鹿角の史料によれば、現在の国道282号とほぼ同じである鹿角街道から鹿角へ入るルートとは別に、細野道というもう一つのルートが存在していたことがわかります。鹿角街道の途中、岩手の七時雨山(ななしぐれやま)のあたりから、安比高原の横を抜けていくようにしていくつもの沢や峠を通って鹿角郡へ入るものでした。ここからさらに進み、松館の南西にある桃枝(どうじ)という地域の北にあった真金山(槇山)金山から巻山峠を越えてゆくと、尾根を挟んで隣に位置していた比内・大葛金山の集落へ通じていたと言われています。

また、この周辺の山一帯は、江戸時代には秋田領と南部領の境界として幾多の争論が起こった地域でした。それも大葛や真金山、白根、西道といった数々の金山や、豊かな森林資源をもつ地域であったためです。戦国から江戸時代へ変わる頃にこれら鉱山が次々に発見され、これらを巡っての争いが起こりました。両藩の争いはとうとう幕府をも巻き込み、慶長15年(1610)、老中・本多佐渡守に訴え出ることになりました。ところが「この場所については、裁許があるまでどちらも手を付けるな」として、この時点で決着はつかないまま時が経過します。この間も争いは絶えず、延宝五年(1677)になって江戸の評定所で下された裁定により明確な藩境が引かれ、長きにわたった紛争にようやく決着がついたという歴史が伝わっています。

現在ではこの山を県道22号・金山黒沢トンネルが通り、交通の便は非常によくなりました。松館から大葛温泉までは約10kmということもあって鹿角から大葛温泉へ向かう人も多く、さまざまな人々に利用される道となっています。

■参考文献
『郷村史略 秋田郡之内両比内』
『比内町史』
『鹿角市史 第二巻(上・下)』
『歴史の中の鹿角(中)』
 
2011年4月掲載

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