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風土を楽しむ

元城獅子舞・元城盆踊り

画像:元城獅子舞・元城盆踊り

-小野寺氏を偲ぶ地域の想い-

 元城獅子舞は、元城神明社に奉納され、地域の家々を回る獅子舞です。獅子舞に使われる獅子の衣には「五つ木瓜(いつつもっこう)」の紋があり、西馬音内小野寺氏の紋であることから、小野寺氏とのかかわりが感じられます。 

 元城獅子舞は、元城神明社祭典での奉納後、旧盆の8月14日から16日まで、各家庭を回り家内安全、悪病退散、豊作を祈願していました。
しかし、昭和30年代に入り、後継者の不足から獅子舞は一時途絶えてしまいます。
 
 昭和48年(1973年)、堀回地域が、県のコミュニティモデル地区に選定されたのを契機に、郷土の民俗芸能や伝統文化の保存・継承を進めることとなり、その先陣を切って昭和49年(1974年)、元城獅子舞の保存会が結成されます。
それ以来、堀回地域をあげての支援のもと、小学生を含む後継者への伝習を心掛け、獅子舞の継承を続けてきました。平成14年(2002年)には町指定無形民俗文化財第一号に指定されたのです。
 現在は、8月14日に元西総合センターで一般にも公開されています。
 
 元城獅子舞には、もとは「神前の舞」「獅子舞」「信夫(しのぶ)太夫」「鳥舞」「御上使(ごじょうし)」の演目がありました。現在の上演演目では、「神前の舞」「獅子舞」「信夫」「鳥舞」を上演しています。
 「神前の舞」は、三方に向かって舞い、舞台を清めます。
 「獅子舞」では、獅子が躍動感あふれる舞いを披露し、途中「安産祈願」の帯を飲み込みます。この飲み込んだ帯は、出産が近い妊婦さんに贈られるそうです。舞いが終わると子どもたちを回って頭を噛んであげます。

「信夫」は勇壮な武士舞い、頭に「シャガマ」と呼ばれる馬の尻尾で作ったかぶり物(武士を表現)を付け、太刀と白扇を持って悪霊退散の舞いを舞います。
最後に「鳥舞」は、鶏鳥烏帽子をかぶり、右手に輪鈴、左手に白扇を持ち、天岩戸の伝説を踊ります。こちらは豊作を祈願する舞い、太鼓を叩く者が唱える掛け歌が入ります。
 「御上使」は現在伝承されていませんが、これに使われたとされる「烏帽子」が残されています。
 
 

8月14日、獅子舞が終わると、統合センター前広場にかがり火をたき(雨天の場合は体育館で)元城盆踊りが行われます。盆踊りは、西馬音内城主であった西馬音内小野寺氏、その家臣や親族たちの悲しい運命を偲び、慰霊のために始まったと言われます。踊りの振り付けは、元城盆踊り独自のものですが、お囃子は8月16日に行われる西馬音内盆踊りと共通です。
 
 そして……踊りが終わりにさしかかると、皆さんは急いで持ってきた袋を広げ始めます。お祭りの最後は、お楽しみ、餅まきがあるのです! お餅には少額の「おたのしみ」も張り付けてあるのでみなさん真剣です! たくさん撒かれた餅を、みんなで我先に拾い、笑顔で家路につくのでした。
 
お盆の帰省の時などに、のぞいてみるのはいかがでしょうか?
 
 
2010年8月掲載
■参考文献
『元西の地域誌』
『羽後町郷土史』

また、秋田民俗芸能アーカイブスでは、元城獅子舞と元城盆踊りの動画を閲覧することができます。
この機会に、ぜひご覧ください。

●秋田民俗芸能アーカイブス
元城獅子舞」「元城盆踊り

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