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歴史を知る

御返事(おっぺじ)と三ツ村・2体の鹿島様

画像:御返事(おっぺじ)と三ツ村・2体の鹿島様

 秋田県南部の雄物川流域では、村の内と外との境目に「鹿島人形」と呼ばれる「悪疫除け」のための人形道祖神を置く習わしが見られます。これらは「人形様」「仁王様」「しょうき様」「鹿島様」などと呼ばれていますが、湯沢市では「鹿島様」の名称が一般的です。

 小野地域でも、御返事と三ツ村の2つの集落で鹿島様が設置されています。どちらも集落へ続く道の境に設置されていることから、悪い病気や災いが集落に入ってこないようにする「道祖神」の意味合いを含んだ神様のようです。2本の角をはやし、大きな両手を広げ集落を守る鹿島様。中でも御返事の鹿島様は男性の「象徴」が極端に大きく、道祖神と同時に子沢山を願う性神の意味合いもありそうです。三ツ村では、約400年前、疫病の腸チフスが集落に蔓延し、困り果てた人々が「村の入口にワラ人形を作りなさい」という神様のお告げに従い鹿島様を祀ったところ、疫病がおさまったと言い伝えられています。

 現在、鹿島様のお祭りは毎年7月中旬に行われます。お祭りに先立って行う鹿島様の「衣替え」は、各家々から一人ずつ参加して作業を進めます。木で組み立てた鹿島様の骨組に、藁で人形の体幹や四肢を肉付けし、注連縄を相撲の横綱のように腰にまきます。髪の毛や鬚は青い草を使用して表現するなど、人形制作は工夫をこらしています。衣変えを終えた鹿島様は、太鼓を打ち鳴らしながら、集落の家々を練り歩き、人々は鹿島様にさまざまな願いを込めて、御神酒、お初穂を捧げます。

 鹿島様の材料となる「藁」ですが、コンバインの普及により、近年、材料の確保が難しくなっているそうです。稲作文化の結晶ともいえる藁人形「鹿島様」は、稲作が生活そのものであった小野地域の人々の歴史の結晶。御返事と三ツ村に佇む鹿島様を見れば、伝統を守り続ける小野地域の人々の思いを感じることができます。

2011年4月掲載

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