本文へスキップ

歴史を知る

鷹匠の歴史

画像: 鷹匠の歴史

 「狩猟師 三浦寅吉 三浦幸吉」と刻まれた珍しい石碑が、仙道地域の桧山集落に訪れる人を出迎えるように建てられています。

この2人は、野生の猛禽類・クマタカを馴らして飼い、主に野ウサギを狩る鷹匠でした。仙道地域で「鷹使い」と呼ばれた鷹狩の技術は、院内の半助という人から、三浦寅吉(天保12年~明治39年没)に伝えられ、さらに三浦寅吉の息子・三浦恒吉をはじめとする人々に伝えられました。三浦恒吉は明治~大正期にかけて仙道地域の鷹使いの中心となり、多くの後進を育てました。昭和5年~15年頃には、仙道地域で20数名の鷹匠がいたと言います。

仙道地域は田んぼが小さく牛馬が入れず、沢水も少なく、山陰で日照時間も短いため、稲作だけでは生活がとても厳しかったのです。三浦寅吉が生まれる8年ほど前には、「天保の大飢饉(1833年)」が仙道地域を襲い、記録の残る下仙道村(現在の下仙道地区)だけでも村の人口の約2割が死亡・出奔したと言います。武士階級が好んだスポーツとしての鷹狩りではなく、貴重なたんぱく源として、そして現金収入をもたらす獲物として、狩猟は生活を賭けた戦いでした。

鉄砲を使う狩人もいましたが、戦前、鉄砲の許可証は非常に高額でした(もっとも安くて年間米三俵程度だったという)そして、一冬で野ウサギ100羽程度が限界でした。鷹は米一俵ほどで手に入り、調子が良ければ一冬に300羽も獲れるということで人気が出ました。

クマタカは成鳥となれば3~4kg、翼を広げると1.5メートルにもなる大型の猛禽類で、イヌワシとならんで森の生態系の王者です。鷹を手に入れるには、まだ巣にいるうちに捕えて育てる「巣子」、巣離れしかけた鷹を捕える「飛び巣子」、そして成鳥を罠にかけて捕らえる「出鷹」と呼ばれる3パターンがありました。巣子は真っ白でフワフワの羽毛に包まれ、真綿で包むようにして育てていきました。
 
 出鷹は野生育ちなので馴らすのが難しい反面、良い鷹に当たれば本当に良くウサギを獲ったそうです。鷹を得るのは難しく、自分で獲る鷹匠もいましたが、専門の技術者から得るのが普通でした。鷹匠たちは県南一帯や山形県まで情報網を張り巡らせていたと言います。春~夏にはたっぷりと餌を与え、秋から冬にかけて体力ギリギリまで絶食させ、飢えさせて野生の本能を引き出し、獲物を取らせました。放たれた鷹は獲物を取り押さえると、そこで鷹匠を待ちます。獲れたご褒美にウサギの前足をもらえたそうです。どこまで絶食させるか、鷹の体調を見て的確に判断するのが良い鷹匠の条件でした。

鷹狩をグループで行う際は、斜面の下からウサギを勢子が追い上げ、鷹匠は斜面の中腹で待って鷹を放ち、鷹が仕留め損ねた獲物は斜面の頂上で鉄砲持ちが撃つ、というやり方が多くとられたようです。斜面を駆け上がるウサギは速度が落ちるため、面白いように獲れたと言います。肉は食糧として、毛皮はおもちゃや防寒具の材料として高値で売れ、戦前はウサギ1羽で大人の日当ほどになりました。炭焼きや、林業の手間仕事をするよりずっと稼げたと言います。

しかし、昭和30年代の高度経済成長期に入り、道路網や買い物事情が整備されると、野ウサギの需要はガクンと落ちてしまいました。肉も毛皮も売れなくなり、腰まで雪につかって一日に何十キロと歩き回る重労働の狩りを行う人は減る一方でした。獲物を獲らない時期もたえずエサと訓練が必要で、手間暇がかかる鷹匠はどんどん姿を消してしまいました。

恒吉の甥である土田林之助(明治29年生(1896年)~昭和49年(1974年)没)は若いころは相撲取りを志したものの、郷里にもどり26歳から鷹を飼い始めた異色の鷹匠です。昭和30年頃からマスコミの取材などの影響で、仙道の鷹狩習俗は知られるようになっていましたが、昭和40年頃には、土田林之助・その息子の力三、桧山集落の武田宇市郎のたった3名になっていました。昭和49年(1974年)に林之助が病没し、昭和51年(1976)、力三が鷹の訓練中不慮の事故で亡くなってしまい、武田宇市郎は仙道地域最後の鷹匠となってしまいました。

翌昭和52年(1977)、羽後町では「鷹匠を守る会」が結成されました。しかし、当時の環境庁により野生のクマタカの捕獲が禁じられ、海外からの輸入の道も断たれるに至り、最後の鷹匠・武田宇市郎は昭和61年(1986年)に廃業を宣言しました。
 今は見ることのできなくなった鷹匠ですが、埼玉県出身の写真家・野沢博美による武田宇市郎と鷹の雄姿を収めた写真集「鷹匠」や、武田宇市郎をモデルとした藤原審爾の小説「熊鷹 -美しき青空の狩人-」、仙道地域出身の教員土田章彦が著した「鷹匠物語」など、様々な文献が在りし日の姿を伝えてくれます。
 人と自然、山と里、生と死の間に立って、厳しい自然と対峙した鷹匠たちの物語に、是非触れてみてください。
 
 
■参考文献
土田章彦「鷹匠物語」「鷹匠ものがたり」
野沢博美「写真集 鷹匠」
天野武「野兎狩り」
長田雅彦「最後の狩人たち 阿仁マタギと羽後鷹匠」
「あきた 第102号」1970年11月1日
 
2016年3月31日掲載

ページ上部へ戻る