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歴史を知る

泉澤番楽

画像:泉澤番楽

 小野地域の泉沢集落に伝わる泉澤番楽は、泉神社の祭典が行われた次の日、旧暦の3月18日に奉納されます。
  泉神社は、江戸時代までは修験者、山伏などが居たと言われる神仏混淆の神社でした。明治の神仏分離令のあおりを受けて神社となりましたが、それまでは神仏一緒になった独特の神域が周囲の山々にまでありました。現在は、ご神体の千手観音とともに、山々の仏像なども泉神社に祀られています。

 「番楽」と言いますが鳥海山周辺に広く伝わる本海流番楽とは違う系統といい、湯殿山から伝わった番楽と伝わっています。番楽はかつて十二番までの舞があったそうですが、現在は「獅子舞」「鳥舞」「切舞(きりまい)」の三つが伝えられています。

 旧暦3月18日の朝、神社に集まった舞い手たちによって、まずは泉神社での舞の奉納が行われます。
獅子舞は周辺の堀回地域の元城獅子舞と同じように帯を「咥(くわ)える」動作や上笹子地域の秋葉獅子にも見られる、竹を使った「ビャー!」という甲高い鳴き声など、様々な関係性を伺わせる所作があります。
  続いての鳥舞は周辺でよく見られる鮮やかな鳥の帽子をかぶり、お囃子だけでなく唄がつき、かけ声と共に賑やかに踊られます。
  最後の切舞は、刀を差し頭には武士を表すと思われるカツラをかぶり、演奏前に「近くのものは寄って見よ! 遠からんものは音に聞け! 我こそは信夫(しのぶ)太郎カナトキ!」と大音声を発してから舞われます。途中、刀を抜き放ち、素早く振り回す所作は圧巻です。
  三つの舞に共通なのが、最初に短い錫杖をもって踊ること。神事の中に仏教の道具が入り、神仏混淆を強く感じさせる場面です。

 奉納が終わると、獅子舞は集落を回り、家々で舞を披露します。このとき、獅子舞は参列できなかった家族の分の帽子やタオルなどを噛み、お祓いをするのが慣わしです。また、切舞の刀はちょっと短いものに代えられ、家の中でも振り回しやすくなっています。
  今では家の中に入れて舞ってもらう家庭は少なくなり、玄関での略式となることが多いそうですが、それでも集落の何軒かでは中へ招かれて舞が行われます。
このとき御札と御幣を家庭へと配り、交通安全、家内安全、五穀豊穣などを祈ります。

 この行事が終われば、春も本番、農作業がいよいよ本格化します。 

2011年4月掲載

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