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歴史を知る

正伝寺

画像:正伝寺

  大屋地域にある榮神社。中興の祖でもある大州梵守(だいしゅうぼんしゅ)和尚が文亀永正年間(1501年~1520年)布教のため東北を歩いていました。山内で苦行をしていた行海、性海、大海の三僧侶が和尚の徳に惹かれて共に山を下り、正伝寺の前身を開いたとされています。この当時は大屋地域の南側、長谷(はせ)にあり、観音寺と呼ばれていました。観音寺は、その後大屋寺字寺村に移転しました。

 
 その際、金銅製の観音像、蓮の糸で織られた曼荼羅、聖徳太子の木像がもたらされたとされています。観音像は現在の正伝寺の秘仏「金銅聖観音立像」で、昭和30年(1955年)1月24日秋田県指定文化財となっています。聖徳太子の木像は榮神社のご本尊となりました。
 
 幾度かの火災に遭いながらも、その都度、地元住民によって再建されました。いつしか大屋地域東側の鬼嵐(おにあらし)集落に移り、山号・祝融山(しゅくゆうざん)正伝寺となりました。
 
 正伝寺十世に智瞬という名僧があらわれ、秋田藩主佐竹公により、明治まで寺領三十石を拝領していました。
 
 正伝寺では平成14年(2002年)夏、世界的な指揮者・小澤征爾とロシアのチェリスト・故ロストロボーヴィチが若手演奏家を率いて開催した東北キャラバンでコンサートが開催されました。「小澤さんの手が千手観音のようだった」と語る地元の人がいたそうです。この様子は平成15年(2003年)のNHKスペシャルでも放送され、大きな話題を呼びました。
 
 現在、境内は梅の名所となり、春先には観光客で賑わっています。
 
■参考文献
横手平鹿総合郷土史刊行会『横手平鹿総合郷土史』
横手市『横手郷土史資料 第44号』
 
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