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歴史を知る

亀田の史跡

画像:亀田の史跡

 亀田地域では、地域に貢献した人々や縁の地に標柱や記念碑が多く建立されています。
 
●教育に貢献した「亀沢寿(じゅ)」と「野田喜右衛門(きえもん)」
 写真は亀田地域の亀田集落の稲荷神社です。稲荷神社には亀田小学校の初代校長「亀沢寿」の記念碑と、亀田三十三観音が設置されています。亀沢寿は明治18年(1885年)に稲荷神社の神職の家系に生まれ、地域の人材育成に励みました。秋田県から教育功労表彰を受けています。旧亀田小学校の演劇でも演じられるなど地域の偉人として親しまれました。
 また、江戸時代の文政8年(1825年)から明治にかけ、半助村集落の自宅で塾を開いた「野田喜右衛門(のだ きえもん)」の記念碑が、半助村集落に建立されています。
 
●新庄藩士「岡村頼母(たのも)」終焉の地
 岡村頼母は新庄藩の斥候(偵察兵)として戊辰戦争に従軍していましたが、30代の若さで戦死してしまいます。哀れに思った亀田地域・在城集落の奥兵ヱが手厚く葬り、女亀(めがめ)山麓に終焉の地の碑が残されています。この他、亀田地域北部の香最寺(こうさいじ)には慰霊碑が建立されています。

史跡の場所については、亀田地域のイラストマップでご確認ください。
 
2013年8月掲載
■参考文献
『亀田地域センター 先覚者顕彰記念室 資料』
『増田町史』増田町
 

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