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歴史を知る

映画「そよかぜ」のロケ地と「リンゴの唄」

画像:映画「そよかぜ」のロケ地と「リンゴの唄」

 戦後、焼け跡となった日本に明るさを運んだ「リンゴの唄」。あまりにも有名なこの歌ですが、「そよかぜ」という映画の挿入歌だったことをご存じでしょうか。

戦後から昭和27年(1952年)にかけて、GHQ(連合軍最高司令官総司令部)による映画検問が行われており、「そよかぜ」はその検閲を通過した第1号の作品として、昭和20年(1945年)10月10日に封切りされました。
 
 女優、並木路子演じる「みち」は、劇団の照明係をしながら歌手を夢見ていました。周囲の劇団員に支えられ、紆余曲折の末ついに主演女優になるという物語です。「みち」の実家はりんご園という設定でした。当初、青森県でのロケが計画されましたが、佐々木康(やすし)監督は旧雄物川町(現横手市)出身であったため、旧増田町にロケ地が決まりました。昭和20年夏、亀田の沢口集落内で撮影が行われました。地元の女性たちもエキストラとして参加したそうです。
 
 地域にある真人公園のりんご園で行われたロケには地元の子どもたちも参加しました。実はこの時、並木路子と子どもたちが歌っていたのは「丘を越えて」、「リンゴの唄」ではありませんでした。佐々木康は早撮りで有名な監督で、作詞をサトウハチローさんに、作曲を万城目正さんに依頼したものの撮影に間に合わず、後日スタジオで「リンゴの唄」が吹き込まれたのでした。
 
 「リンゴの唄」は並木路子がラジオで歌ったことから人気に火がつき、国民的なヒット曲となりました。平成元年(1989年)に「リンゴの唄の碑」が真人公園に建てられ、この年から、秋に開催される「増田りんごまつり」で毎年「リンゴの唄コンクール」が開かれています。
 
 並木路子は全国各地で「リンゴの唄」を歌うとき、必ず「映画『そよかぜ』の舞台は、秋田県増田町なんですよ」と伝えていました。平成7年(1995年)に旧増田町名誉町民となり、その後平成13年(2001年)4月7日、永眠。同年10月14日、リンゴの唄コンクールが開かれる真人公園に、感謝の気持ちをこめた「並木路子先生顕彰碑」が建てられました。
 
2013年8月掲載
■参考文献
・『應鷹園とそのあしあと』藤原利三郎翁頌徳碑建立80周年式典実行委員会
・読売オンライン ウェブサイト
 

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