本文へスキップ

名物に触れる

大屋館と桜の植樹

画像:大屋館と桜の植樹

―古城から見下ろす桜―

  大屋館は舘山とも呼ばれ、戦国時代に横手平鹿~湯沢雄勝付近を支配した小野寺氏の勢力下にあった山城です。現在はふもとに広大な果樹園が広がり、大屋地域からよく見える三角形の山として地域の皆さんに親しまれています。

 大屋地域では、この大屋館に桜を植える活動を毎年行っており、平成24年現在で150本以上の桜が植えられています。桜が成長すると見事な花見スポットになること間違いありません。しかも、「城の上から見る」花見を目指しており、本来の大手道とは反対側の西側に道路を作り、登りやすく整備しました。
 
 大屋館の歴史をひもとくと、寛正6年(1465年頃)小野寺道寿が築城し、その後、永禄年間(1558年~1570年)は小野寺道縄の家臣、日野備中守(ひのびっちゅうのかみ)某(なにがし、氏名不詳)が居城したと伝わります。その後、天正10年(1582年)から文禄5年(1596年)には小野寺道治が居たと伝わります。
 館の立地は、地域の方が今も「小野寺みち」と呼ぶ旧羽州街道、さらに昔は東山道とも考えられる重要な街道が目の前を通り、さらに周辺は稲作に適した平地が広がる場所で、まさに要衝と言って良い地域です。大屋館は、この豊かな地域を支配するために築かれたと考えられています。
 頂上部分は二の丸になっていて、周囲を「馬道」と呼ばれる馬も走れる比較的広い道が取り巻き、敵の攻撃方向に対し素早く移動することができます。本丸は北の尾根に突き出し、その東側に大きな空堀があり敵の侵入を防ぎます。また、空堀と垂直に斜面へ向かって竪堀が伸びて、敵が向かってくる方向を制限し迎撃しやすくする工夫が見られます。この手法は同じ湯沢市・小野寺氏が支配した小野地域の「小野城」でも見ることができ、関連があるのかも知れません。
 
 大屋の中里集落から大屋館に登山することができますが、途中集落の私道を通ることになります。果樹園の防犯・農作業のため通れないこともありますので、必ず栄公民館「さかえ館」にご連絡をお願いします。
 
 大屋地域を含む栄地域の交流サイトふるさと栄会のウェブサイトでも、大屋館が紹介されています。是非ご覧ください。

【外部リンク】
 
産地直送ブログでは、桜植樹の様子を取材しています。こちらも是非ご覧ください。
【産地直送ブログ】
 
2013年8月掲載
■参考文献
『秋田県の中世城館』秋田県教育委員会
『横手平鹿 総合郷土誌』横手平鹿総合郷土誌刊行会

ページ上部へ戻る