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名物に触れる

大屋沼

画像:大屋沼

  元和年間(1615年~1623年)農業用水の確保のため、長谷山(はせやま)のくぼみに堤防を築きました。当時は大谷沼(おおやぬま)、または長谷(はせ)の七色銀杏(なないろいちょう)や沼の形にちなんで「いちょう沼」とも呼んでいました。 

 七色銀杏は、桜やもみじが銀杏の幹に根をおろした大銀杏で樹齢千年とも言われる大木です。幹に触ると母乳がよく出るという言い伝えがあり、今もお参りする人が絶えません。
 
 大谷の「谷」は火と口から成り、湿潤なこの地方には似合わないということからいつのころからか「大屋」と呼ばれるようになりました。風光明媚な沼として知られ、中秋の名月と納涼の時季には多くの人で賑わったと言われています。大正2年(1913年)から養鯉が行われ、横手鯉として有名でした。昭和29年(1954年)に堤防のかさ上げ工事が行われ、現在の姿になりました。工事の後も元々の堤防の形を活かしたため、S字形の珍しい堤防となっています。
 
 晩秋、11月には沼の水を落とす「沼干し」が行われます。沼干しの際は川魚が獲れるため地域の方が漁を行っています。
また、沼干しにより水位が下がると古代の街道・東山道が姿を現します。
 周囲は約4キロ。大屋梅保存会により梅の植樹が進められており、新たな観梅スポットとして生まれ変わる日もそう遠くではありません。
 

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