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歴史を知る

今木神社

画像:今木神社

-地域の信仰を一手に集める。-

黒沢地域の東側を走る「みずほの里ロード」。横手市と仙北市を結ぶ大規模農道を通ると、道を挟んで大きな鳥居が立っている場所があります。
西側の赤い鳥居が一の鳥居、東側の茶色の鳥居が二の鳥居となっています。

二の鳥居の横には、案内看板があり下から「稲荷神社」「今木神社」「観音社」「山神社」「太平山三吉神社」の五つの神社が並んでいることが分かります。

なかでも「今木神社」は、黒沢の村社として崇められており、祭典の余興は、今日、黒沢フェスティバルへと形を変えて地域に受け継がれています。

鳥居から一歩中に踏み込めば、はるか頭上まで続く階段と、いくつもの鳥居、そして社殿が見えます。四つの神社を入り口から一望できる境内のつくりは、神域の壮大さを感じさせます。
集落にほど近い場所ながら、杉木立に囲まれた境内は思った以上に静寂に包まれていて、ちょっとしたパワースポットの雰囲気を味わえます。

最も大きな社殿を持つのが「今木神社」であり、産土神(うぶすなのかみ)として集落の信仰を集めていました。
また、黒沢地域では山林から恵みをもらう者が多く「山神社」を、そして農耕馬の飼育も盛んだったため保食神を祀る「観音社」を建てたものです。
説明板によると、かつて観音社は別の場所にあったようですが、明治35年以降、この神域に遷宮されたと伝えられています。
山神社では女人禁制の掟が今でも守られ、山神社の鳥居から先に女性が立ち入ることはないとのこと。

山神社の奥には小さな道がつけられており、ここから「太平山三吉神社」へと上がるのですが、最近では山神社の隣の大きな杉の根元に参拝所を作り、ここでお参りすることが多いそうです。

菅江真澄もこの地を訪れ、『月の出羽路』には、初めは大台山の山領にあったが、大杉山の頂上に移り、さらに現在地の大杉山の中腹に移っていると記しています。

地域の信仰は篤く、8月17日の例大祭だけでなく、年末年始には、新たにしめ縄を張り換え、年が明けるとともに神社毎に別当(神社の代表)を集落から出し、朝まで初もうでの方々へのお守りやおみくじの販売、ふるまいなどを行っています。

2011年4月掲載
■参考資料
現地説明看板
『千畑村郷土史』

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