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歴史を知る

小神成と菅江真澄

画像:小神成と菅江真澄

 秋田の紀行家として知られる菅江真澄(すがえますみ)は、晩年の文政9年(1826年)に『月の出羽路仙北郡』の編集のため、仙北郡を探訪しました。大仙市小神成(こがなり)の太田城や八幡宮にも来歴しています。

 太田城は、『月の出羽路 仙北郡』の中で「古城祉あり。土堤の内東西卅五間(約64m)、南北五十間也(約90 m)といえり、此古柵は太田小治朗某の古館たりしよし」と記されています。
 この土地を太田氏という領主が治めていたようですが、その規模や勢力については諸説があり定かではありません。
 
 また、小神成の八幡宮に足跡を残す記録が存在します。真澄がこのあたりを訪れたのは最晩年のころ、真澄は文政12年(1829年)『月の出羽路仙北郡』の編集の途中、志半ばで76年の生涯を閉じます。
2012年5月掲載

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