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語りを聞く

中直根若勢会 会長(平成21年度) 真坂好喜さん

画像:中直根若勢会 会長(平成21年度) 真坂好喜さん

 「若勢会」の真坂好喜会長の口癖は「何とかさねもね」、“何とかしなければいけない”という意味のお郷訛りです。県南の山麓に拓けた中直根の語り口は、おおどかで聴き心地が良く、独特な趣を感じさせてくれます。 

 この「何とかさねもね」が、春と秋に開催される町内の会合で飛び交います。集落の戸数が半分近くに減ってしまった危機的な状況について、お酒の席では盛んに議論が戦わされるそうです。
 この議論がその場限りのことで終わってしまうのが、真坂さんにとっての“何とかさねもね”ことでした。地域の再生を図るには、そこに住む人間の意識を改める必要があると感じ始めます。具体的な行動を示すことが、そのための“きっかけ”になると考えました。
 
 取り組むべき“何か”を探した時、中直根には“アケビ”がありました。高地の山村ではあっても、昔から人が来ない所ではありません。海で揚がったハタハタを、院内銀山へ運ぶ山路の道中だったのです。今でも法体の滝を訪れる観光客の車が、季節によっては道路を横断できないほどに通過します。ちょうどそれは、アケビの大きな実が熟れる頃――。
 真坂さんの頭の中で、アケビと“ムラおこし”が結びつきました。
 
 「車から降りてアケビに触ってみてほしい、中直根のことをもっと知ってもらいたい――」。初めに「観光アケビ園」の構想が浮かぶと、アケビ料理にアケビ細工、次から次へと閃きます。
 
 真坂さんは若勢会を立ち上げて活動に入りました。周囲からすれば突然の出来事、当初の若勢会は「海の物とも山の物ともつかない」風変りな印象を見守る住民に与えていたようです。それでも真坂さんは、「水に溶いた絵の具がだんだん広がっていく」ような微妙な変化を感じ取っていました。
 
 「何とかさねもね」は、秋田県のモデル事業に選ばれ、国際教養大学とのワーク・ショップを重ね、ようやく針路を定めたようです。大きな一歩を踏み出した真坂さんのリーダー・シップは誰もが認めるところ、事業が軌道に乗れば、集落が一つにまとまるという手応えをつかみました。
 中直根はこれから、“どうやって”の方法論を模索する段階を迎えることになります。今年の町内会、「なてして(どうやって)」の議論が活き活きとされていることでしょう。
2010年4月掲載

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