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歴史を知る

救荒食の歴史

画像:救荒食の歴史

-生き残りのための知恵-

 
 豪雪地帯、しかも山間部にある上笹子地域では、昔から作物の収量が安定せず、米の代わりに食べられる物を工夫してきました。
 
 米のうち、実入りが悪くて一度ふるい落とした「未熟米」や小さく割れてしまった米をすりつぶし、もち米と混ぜて餅にしたものや大根飯、豆飯、雑穀などを米に混ぜることも良く行われています。

田畑の作物だけでなく、自生する山菜や動物たちも貴重な食料源でした。

その中でも特筆すべきなのは、松の皮を餅に練り込んだ、全国的にも珍しい「松皮餅」です。松の皮すら食べ物としなければならなかった当時の苦労がしのばれますが、今ではその独特の色味、風味がかえって好評を呼び、郷土の雛祭りの「菱餅」の赤い部分として使われたり、たっぷりと小豆あんを入れ、特産品として道の駅などに並ぶようになりました。

また、松皮餅は、領主である生駒氏が以前の領地である四国で兵糧攻めにあったときに生み出したとも言われています。近世のお城によく生えている松は、籠城のときの非常食という意味もありますから、本当かもしれません。
2010年12月掲載

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