本文へスキップ

歴史を知る

正重寺

画像:正重寺

 文禄3(1594)年、根井(ねぬい)正重は自らの名を寺号に冠して、正重寺を開創しました。

 正重の祖は、「平家物語」に登場する木曽義仲の家臣で、四天王の一人と称された根井幸親です。木曽義仲が源頼朝に敗れた後、根井氏は藤原秀衡を頼って奥州平泉に落ち延びました。その藤原氏も滅亡してしまうと、さらに今の秋田県へ逃れ、津雲出郷(つくもいずごう)という地名を矢島と変えて領したのです。直根地域では、見張り場や砦として築かれた「根井館」が、7ヶ所も発見されています。
 “幸村”で有名な信州真田家は、もともとは根井氏と同根、滋野氏から分かれた一族です。
 
 正重寺には、正重の奥方が所持していた薙刀の刀身や、「京都国際マンガミュージアム」に展示されている「火の鳥」の巨大木像を制作した仏師・須藤光昭さんの彫り物など、貴重な品々が保管されています。
 境内の石碑は昭和28年、寄付金によって建立されたもの――。江戸時代からこの地方で敬われている義民・“仁左衛門(にぜん)さま”と、悲劇的な運命を共にすることになった百姓たちとを供養しています。
 
 直根小学校の開校当時、正重寺は校舎としても利用されていました。現住職の村山正顕さんは、直根小学校に設けられた「地域の学校推進委員会」の委員長を務め、昔ながら、子供たちの成長を見守る“お寺”の役割を果たしています。
 
 正重寺で子どもたちも座禅などに挑戦した
 
■正重寺アクセス
所在地:〒015-0514 秋田県由利本荘市鳥海町中直根前ノ沢108ー1
 
■参考資料
『鳥海町史』『仁左エ門さまの話』原田明美著
2010年4月掲載

ページ上部へ戻る

由利の関連情報