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歴史を知る

冬師湿原の野焼き

画像:冬師湿原の野焼き

 
冬師湿原の野焼きは昭和20年代、冬師牧野農業協同組合の設立を契機に始まりました。カメムシなどの害虫駆除を目的として、冬師集落と上坂集落の人々が合同で、毎年5月のゴールデンウィーク前後に行っています。
 
午前9時、300ヘクタール以上もの広さの冬師湿原に、地域の人々がライターで火をつけ始めると、見渡す限り萱で覆い尽くされた湿原は、白い煙を立ち上げながら、あっという間に、真っ黒に焼け焦げていきます。雪化粧を残す真っ白な鳥海山を背景に、煙と炎が立ち昇る様子は、1年に1度しか見られない冬師湿原の貴重な姿です。この日は、カメラマンや新聞記者が撮影に訪れ、一様にシャッターを切る光景が見られます。
 
冬師集落と上坂集落の人々が、ため池が点在する冬師湿原を軽トラックで移動しながら、約45時間かけ、もぎ取ったススキの萱に火をつける作業を行います。湿原には、紀元前に鳥海山の巨大崩壊で誕生した高さ10m以上ある、「流れ山」と呼ばれる山が辺り一面に見られ、ボコボコと盛り上がっています。昔ながらの農作業着姿の女性たちも男性陣に交じって、流れ山を登っては降り、登っては降りを繰り返しながら火をつけ、湿原を黒く染めて行きます。
 
 冬師湿原は希少なハンノキや植物が生育し、水芭蕉やススキの群生地としても知られています。高さ10m近くあるハンノキが立ち並び、流れ山や鳥海山の噴火で飛び散った岩石が散らばる湿原の中を、火入れをして歩く人々の姿を見ていると、広大な冬師湿原の姿が浮かび上がってきます。
 
雑草や害虫を焼き払った後の湿原には丈夫なワラビが育ち、シーズンには山菜採りの人々が訪れるようになります。野焼きが終了するのは午後2時頃。作業を終えた人々は扇谷地ため池の前にある水神様に、今年1年の豊作を祈願し、集落に戻って仲間と酒を酌み交わしながら疲れを癒します。
 
野焼きを境に、集落では農作業が本格化します。黒く焦げた湿原は、木々が芽吹く新緑の季節を迎えます。冬師湿原の野焼きは、新しい季節の訪れを集落に告げる冬師の風物詩ともいえる行事です。
2011年4月掲載

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