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歴史を知る

鵜養の菅江真澄

画像:鵜養の菅江真澄

 江戸時代の紀行家、菅江真澄が鵜養を訪れたのは文化8年(1811年)8月、真澄58歳の頃でした。

 鵜養地域を巡ったとされる記述は、「勝手能雄弓(かってのおゆみ)」という真澄が綴った日記にありますが、目的地の勝手神社に着く前のところで欠けており、それ以降の紀行は真澄が描いたとされる美しい絵図から読み取れます。真澄は、現在の太平黒沢の勝手神社を参拝した後、岩見山内地域周辺を見て回った後、鵜養村に入り、船作などを歩いて久保田に帰って来たとされています。

 また、岨谷峡、殿渕、伏伸の滝などの鵜養の有名な景勝地も訪れており、日記にはその風景を描いた色鮮やかな絵図や解説文を残していますが、こうした絵図は、現在の風景と較べても大きな変化はみられません。

 数々の滝や渓流美、集落の中をゆるやかに蛇行しながら流れる水路など、清流の里と呼ぶにふさわしい「鵜養地域」。うららかな春の日に、真澄が残したスケッチと見比べながら散策してみるのも一興ではないでしょうか。

2011年4月掲載
■参考文献
『菅江真澄』 菊池勇夫 著

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