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歴史を知る

琴川の菅江真澄

画像:琴川の菅江真澄

 江戸時代の紀行家として知られる菅江真澄が琴川地域へ足を踏み入れたのは、文化7年(1810年)の3月28日のことで、その様子は真澄の著書『雄鹿の春風』に記されています。 

 28日、真澄は前日に滞在していた谷地中(やちなか)の浦(現在の五里合・神谷谷地中付近と思われます)から琴川地域へと花見に向かっています。琴川の入り口に立てられてある標柱によると、真澄は琴川についてこう記しています。「この山里は、寒風山の北辺の麓で、林の中に在る。高い丘に登ってみると、左手には山に雪が白く、また遠近の山々の桜が見え隠れして面白い眺めである。」
 
 また、ここからさらに奥へ進んだ先の、安田海岸入り口の近くにも真澄の標柱が立っており、ここでは「琴川から木曽という村を見た」ということが記されていました。
「行く春を 惜しみななきそ うぐいすよ 木ごとかわらず 花は咲きけり」
と、木曽村について和歌を残しています。
 
 真澄が琴川地域へ入った際、この地は雪解けがまだ十分ではなかったようですが、山には桜が咲いていたということが分かります。この年の真澄は、琴川地域で冬から春への移り変わりを感じていたのでしょうか。
 
2011年11月掲載

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