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語りを聞く

石川郷中

画像:石川郷中

 八峰町石川地域では、自治会のことを「郷中(ごうちゅう)」という名称で呼んでいます。郷中の語源は、地方行政の最小単位を「郷」と呼んでいた、はるか昔の律令時代にさかのぼるといわれます。自治組織にあたる「郷」が転じて「郷中」と呼ばれたと言われ、今でも石川では、郷中のトップを「郷長」、住民は「郷民」と呼んでいます。

 石川郷中の歴史は、「石川大火」と「天皇杯」を抜きに語ることはできません。「何もかも無くなってしまった」と郷中のメンバーが語る、昭和38年の石川大火は、集落を文字どおりの廃墟においやりました。わずか2時間の間に、住居、家畜、地域の伝統行事の衣装道具などすべてを住民から奪い尽くし、当時の峰浜村最悪の「災害」と言われています。

 石川郷中のムラづくりは、この石川大火後、文字通り「ゼロ」からスタートします。火災の教訓を組み込んだ集落の都市計画、転作田での特産品づくり、中断した伝統行事の復活に簡易水道の設置。郷中の活動からは、周囲の協力を得ながらも、人任せにはしない「自分たちのムラは自分たちで作る」石川郷中の誇りとも言えるメッセージが伝わってきます。

 大火から36年後の平成11年、石川郷中は、農林水産祭むらづくり部門で、最高の栄誉と言われる「天皇杯」を受賞しました。石川郷中のメンバーは、石川の気質を、「“2”が好きでないところだよな。“1”でないとだめなんだ」と話します。大火から半世紀が経とうとしている現在も、石川郷中には、困難を乗り越えた人々によって得られた「誇り」が、脈々と受け継がれています。

2011年4月掲載

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