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歴史を知る

根城豊作相撲(ねじょうほうさくずもう)

画像:根城豊作相撲(ねじょうほうさくずもう)

 藤里町の米田地域では、根城豊作相撲という行事が行われています。

 「根城(ねじょう)」というのは、この地域の古い呼び名です。豊作祈願の祭礼は古くから行われていましたが、以前は獅子舞などの伝統芸能が奉納されていました。それを明治35年頃、豊作相撲に切り替えたと言われています。豊作相撲を始めるにあたっては、東京に出向いて大相撲を見学したと伝えられています。

 旧米田小学校跡地の隣には、立派な屋根のついた常設の土俵が置かれており、2010年には土俵に隣接して力士の控室が建てられました。

 豊作相撲開催の中心となっているのは、18歳から28歳の男性で組織された「根城青年団」です。また、平成6年からは根城青年団OB会という組織も形成され、行司や司会進行など様々な面で運営をサポートしています。

 朝4時、触れ太鼓を打ち鳴らしながら町内を回るところから、豊作相撲は始まります。取り組みは巡業大相撲とほぼ同じく、土俵入り、初切(しょっきり)、3人抜き、5人抜き、三役揃い踏みや、東西に分かれての団体戦、個人戦、親子相撲など、様々な取り組みが行われます。

 初切は一番初めに行われる相撲ですが、こちらは余興としての要素を多く含んだものです。一方、揃い踏みは結びの3番前に東西大関らによって行われるしこ踏みで、神様に農作物の収穫・豊作を感謝する意味が込めて行われます。そして、結びの一番が終わると、力士が土俵の上に集まり、八幡幣(はちまんぺい)と呼ばれる御幣を持った大関を他の力士が担ぎ、締めくくりとなります。

 また、この根城豊作相撲には横綱がおらず、大関が事実上の最高位とされます。しこ名は、基本的には決まりはありませんが、結成当時から位ごとに代々受け継がれ、地名などが取り入れられたものになっています。また、結びの一番となる東西の大関同士による対戦では、勝敗を付けない決まりになっており、これは「来年もまた、神様が見に来てくれるように」という思いが込められています。

 笑いもあり、感動もありの豊作相撲ですから、きっと神様も来年の取り組みを今から心待ちにしていることでしょう。

 

【産地直送ブログ】
根城豊作相撲に行ってきました。(平成22年)
明治から続く藤里町・米田の根城豊作相撲 ~前編~(平成24年)
八幡幣を天高く! 藤里町・米田の根城豊作相撲 ~後編~(平成24年)

 

2011年4月掲載

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