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歴史を知る

石川番楽

 石川番楽はこの地域に伝わる農民神楽のひとつです。
現在は高齢化に伴い、舞い手がほとんどいなくなってしまったために演技を見ることは叶いませんが、かつては毎年8月19日の竹原神社の祭りで奉納されていました。また、この番楽は地域の人々にとっては「華」ともいえるほど盛んに踊られた芸能で、これを見るために外から神社の祭典に来る人も多かったといいます。

 昭和38年の石川大火の惨劇のために衣装もろともすべてが焼失してしまい、詳しいことは定かではありませんが、地域の人が昔聞いた話によれば、この番楽は北秋田市阿仁の根子番楽の流れを汲むものだそうです。
根子のマタギが山々を越え、たまたま石川の集落へ入って宿をとり、囲炉裏を囲んで酒を飲み、酔ったマタギがその場で根子番楽を踊ったのがきっかけだと言い伝えられています。
石川番楽は、根子番楽にも共通するように、「曽我兄弟」「一の谷の合戦」といった武士舞が多いのが特徴です。囃子の調べも似ているといいます。

 昭和60年代には、もう一度番楽を復活させたいという想いから、石川の人達をバスで連れて根子番楽を見に行ったという方もおりました。そして、石川大火以降、踊られていなかった番楽は、30年余りの月日がたってから復活しました。
峰浜村の文化祭に踊ってほしいと頼まれ、「一の谷の合戦」を演じたこともあるそうです。また、平成11年に受賞した農林水産祭むらづくり部門の「天皇賞」の祝賀会にも演じられました。

 石川の人々に親しまれた伝統芸能が復活したときには、並々ならぬ喜びがあったことでしょう。

2011年4月掲載

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