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石川大火と天皇杯

画像:石川大火と天皇杯

 昭和38年におきた峰浜村(現・八峰町)石川地域の「大火」を、住民の皆さんは「サンパチ」と呼びます。

 大火が起きたのは、昭和38年4月15日の午後2時のことでした。全焼138戸、半焼75戸、家屋や農機具などを合わせ、2億3655万円に及ぶ被害となり、後に「石川大火」と呼ばれる、峰浜村最大の災害となりました。

 当時を知る人々には石川大火の記憶が生々しく残っています。4月の穏やかな昼さがりに発生した火は、たった2時間で石川地域を火の海にしました。当時の住居は、ほとんどが茅葺屋根のため、火の粉は、風に乗って飛びちり、被害を広げてしまいました。

 「まだ、自分の家には火の手はこないだろうと、他の家の消火を手伝っているうちに、自分の家が焼けてるんだ」と、当時を知る住民の方は話します。大火がもたらした傷と喪失感は、住民の皆さんでなければわからない痛みを伴ったことでしょう。

 しかし、石川の人々は復興に向けて立ち上がり、火災の教訓を組み込んだ集落の都市計画、転作田での特産品づくり、中断した伝統行事の復活に簡易水道の設置などに取り組みました。この活動が評価され、平成11年度、農林水産省の農林水産祭むらづくり部門の「天皇杯」を受賞しています。石川地域の活動の記録は、石川多目的集会施設前に設置された復興記念碑にも記されています。

平成23(2011)年4月掲載