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大仙市・半道寺に残る戦国時代・戸沢氏の足跡。~甘酒さん子と申松塚~

2014年12月19日

申松塚 (5)

今回は大仙市・半道寺の戦国時代についてご紹介します。
戦国時代、秋田県の仙北地方を支配した「戸沢氏」。
この戸沢氏と関わりのある重要人物が、半道寺にいたそうです!

戦国時代は群雄割拠の時代。
雄勝の小野寺氏、由利の由利十二頭、県北の浅利氏、秋田の安東氏など、
戦国武将が領地拡大にしのぎをけずっていました。
半道寺を治めたのは角館を中心に勢力を持っていた「戸沢氏」です。
中でも「戸沢九郎盛安」はゲームでも取り上げられるなど、有名な武将ですね。
毎年8月17日、仙北市で「戸沢氏祭」が行われています。
戸沢氏祭(仙北市ウェブサイト)

その戸沢盛安の側室だった「甘酒さんこ」という女性が
半道寺出身なんだそうです!

宝泉寺のご住職 半道寺の宝泉寺

お話を聞かせていただいたのは
半道寺にある「宝泉寺」ご住職・工藤さんです。
宝泉寺の本堂は大仙市の有形文化財指定。
江戸時代の享保年間の作りなんですよ。

宝泉寺 (1)

工藤さんが取り出した2冊の本。
「町の昔をたずねて」と「西仙北町郷土史近代編」。

「鬼九郎」の名で知られ、県内でも名を轟かせた戸沢盛安でしたが、
豊臣秀吉の小田原城攻めに参加した際、
20代の若さで戦死してしまいました。
家督を継いだ弟の光盛は、朝鮮出兵に赴く際、疱瘡にかかり姫路で死去。
光盛はまだ17歳で子も無く、戸沢家は絶家の危機に直面します。

その時、盛安の落とし種が半道寺にいるという情報が入ります!
生前の盛安が鷹狩りで半道寺を訪れたところ、
現地で「甘酒」を売っていた「さん子」という女性を見初め、
何度も酒を飲みに通うようになったんだとか!

やがて2人の間に生まれたのが「申松(さるまつ)」。
後の山形県・新庄藩の初代藩主となる「戸沢政盛」です。
申年の正月に生まれたのでこの名がつけられたと言い伝えられています。

政盛が家督を継いだ戸沢家は、関ヶ原の合戦で東軍に付き、出世していきます。
関ヶ原の恩賞で角館から常陸に移った後、山形県・新庄藩に入部。
新田開発や鉱山開発を推進し、新庄藩6万8200石の礎を築きます。
政盛が築いた新庄城跡は、現在、最上公園の名で親しまれ、
約350本の桜が咲き誇る市民憩いの場になっていますよ。

城跡の趣もある宝泉寺

写真は半道寺の心像(こころやり)川に架かる橋から見える宝泉寺です。
小高い丘のようになっていますね。
この場所は「黒沢城」という戸沢氏の城があり、
盛安の隠居の地でもあったとも言われています。
甘酒さん子に会いににいくため、盛安もこの場所を通ったのかもしれませんよ。

甘酒さんこの泉 県道沿いにある甘酒さんこの泉

昔は「甘酒」という地名も半道寺にありました。
写真は県道10号沿いにある泉ですが、
このあたりで甘酒を売っていたのかな~?

申松塚 (2)

現在の県道252号沿いに「申松塚」の標注が建っています。
標柱から50m程離れた場所に、
若干9歳の申松が一株の桜を植えたと言われる塚があります。

甘酒さん子と申松のエピソードは下記のサイトにも
掲載されているのでご覧ください。
→秋田の昔話・伝説・世間話 口承文芸検索システム
甘酒さん子と大森御前」「申松塚

IMGP6907

のどかな田園風景が広がる大仙市・半道寺地域。
この土地の上で様々な歴史が積み重なっているんですね。
戦国の世を切り抜けた戸沢氏の歴史が半道寺に残っています。
工藤さん、お話を聞かせていただき、ありがとうございました!

広域連携推進員・みこたんのリポートでした!

Author: | Category:09仙北エリア, 半道寺地域


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