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産地直送ブログ

石碑の里、男鹿中(おがなか)地域を巡る~その2~

2014年2月13日

前回は、様々な石碑をご紹介した男鹿中地域ですが

板碑見学中

今回はどんな発見があるのでしょうか?
前回紹介しきれなかった文化財などを中心にお送りします。

前回のブログも是非ご覧下さい!
産地直送ブログ「石碑の里、男鹿市・男鹿中(おがなか)を巡る。

1月23日、まだまだ寒さの厳しい時期ですが、
今回も地元の方に案内していただきながら集落を巡ります。

稲荷神社へ

まず向かったのは町田集落にある稲荷神社です。

稲荷神社の石碑1 稲荷神社の石碑2

小高い丘の上にある神社には、やはり沢山の石碑が!

板碑見学中

中でも男鹿市の文化財に指定されている石碑は
丁寧に小屋が掛けられています。

稲荷神社の板碑

「板碑(いたび)」と呼ばれるこの石碑は供養塔として建立された物ですが
年号が書かれているため、建立された時期が分かります。
石碑には「観応二年七月十一日」と書かれていて
西暦に直すと1351年! 今から650年以上も昔(!)に建立されたものだと分かります。

1351年というと、南北朝時代、室町幕府を開いた足利尊氏がまだ生きていた頃です!
世界に目を転じると、ヨーロッパではルネサンスが始まり文化の大きな転換が起きようとしており、
中国では元が衰退し混乱が始まっていました。

その頃からこの男鹿中地域に、大きな石碑を建てるほどの力を持った人が居た
というのはちょっとしたロマンですねー。

稲荷神社

また、神社内にあるのは、

御神輿

住民手作りの御神輿!
集落内に職人が多い町田集落では
なんと地域の職人さんたちだけでこの御神輿を作り上げました。

中間口

続いて向かったのは中間口(なかまぐち)集落です。
前回のフィールドワークでは、中間口神社を中心に見ましたが
今回は中間口生活センターにもお邪魔しました。

制作中

集落の女性たちが、紙ひもを使った籠づくりを行っていました!

十王堂

そのまま集落の「十王堂」へと向かいます。
地域の小さな「お寺」です。現在は、地域の皆さんによって維持されています。
昔はお坊さんが常駐して、建物の半分は昔は集会場として使われていました。

十王堂2

現在もお寺として地域の振興を集めており、
折に触れて先祖供養のために地域の方々が訪れます。

かつては集会場

かつて集会所として使われていた名残が建物に残っています。

ところで……
地域を回っていてふと気づいたのが

集落が山沿いに

集落が山沿いに広がっているんです。

よく、少ない平地を田畑として活用するために斜面に家を作りますが
海沿いの男鹿中地域では、それに加えて独特の理由がありました。

海からの風を避けるために、斜面に寄り添っているのです。
厳しい冬の日本海からの風は、浜間口(はままぐち)集落でよーくわかりました。

寒い!

寒っ!
寒いというか刺さるというか。海風ってこんなに厳しいんですね。

木が!

海側の木が常に風に晒されるため、変形しています。

男鹿の寒風

集落の津波避難場所にも指定されている墓地まで上がると、
さらに厳しい寒風が!

男鹿の荒波

厳冬期の日本海が魅せる荒々しい表情!
でもこれって、この時期でないと体験できませんから
貴重な体験だったと思います。

浜間口の板碑

浜間口集落の石碑と言えば、菅江真澄の記述も残っているこちらの板碑
空・風・火・水・地を意味する梵字が彫られた五輪塔が描かれています。

公民館でありお寺

また、ここ浜間口集落にもお堂「賢考庵」があります。
こちらは、今も浜間口公民館としても活用されています。

武田豆腐店

移動中、地域の豆腐屋さんを紹介していただきました。
武田豆腐店(外部リンク)です。色々な種類の豆腐を作っています~。

山田集落の板碑

次は山田集落にある板碑を見学します。
国道101号沿いに解説の看板がありますが、
板碑そのものは私有地にありますので
見学の際は道路から見るなど、
周辺の方の迷惑にならないよう注意が必要です。

山田集落の板碑

ここにも康永亖年(四年)二月の文字が残る板碑が残されています。
西暦に直すと1345年、
先ほどの町田集落の板碑とほぼ同じ時期に建立されたものですね。
こうした年代の分かるものは貴重なため、市の文化財として指定されています。

お寺へ向かう参道

板碑がここに建立されたのは、
国道から分岐するこの道路が関係しているかも知れません。
昔はこの写真の道路が、お寺への参道だったのです。
山田集落の板碑は、親があの世で幸せになって欲しいと願う子が建てた物でした。
数百年経とうと、子が親を思う気持ちは変わらないのかも知れません。

神明社

最後に訪れたのは山田集落の神社「神明社」です。
社殿のある辺り一帯は、中世城館跡にもなっています。
鳥居には、昨年行われたなまはげのケデ(ケラとも)が結びつけられていました。

石碑が

鳥居のすぐそばにあるお堂には、たくさんの石碑が。
庚申塔が主になっているようです。

お堂の中

お堂の中は太平山のお堂でした。

ご神体

中間口神社にと似た像がご神体になっています。
こちらはお堂の中のおかげか、色鮮やかで衣をまとっています。

中間口の太平山

こちらの中間口神社の時にも思ったのですが、この太平山の神様
元気ムラ地域のどこかでも見たことあるんですよね……。

ありました!?

と思ったらありました! 
同じ男鹿市にある、五里合(いりあい)鮪川(しびかわ)地域
「森っこの堂(ど)っこ」(非公開)にそっくりの石像が!
服の色合いも同じ感じですね。

登っていきます。

さて、急な階段を上って本殿まで登ると

寒風山まで見えます。

遠く寒風山まで見渡せます。
周辺の家々も含めて、階段状に平地が作られる斜面は
もしかしたら城館跡の名残なのかと思わせます。

今回も、男鹿中地域の様々な「お宝」を見せて頂きました。
暗くなるまでおつきあい頂いた地域の皆さん、
本当にありがとうございました!

以上、広域連携推進員がお届けしました!

Author: | Category:07秋田エリア, 男鹿中地域


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