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産地直送ブログ

石碑の里、男鹿市・男鹿中(おがなか)を巡る。

2014年1月24日

1月15日、男鹿中地域の皆さんと一緒に

石碑の数々

広域連携推進員が男鹿中地域を回りました!

男鹿中公民館に着いたところ……

黒板がっ!

推進員のために男鹿中ミニ講座を開いてくれました!

講義中

男鹿中地域は、男鹿市の寒風山(かんぷうざん)・真山(しんざん)に挟まれた地域です。
改めて男鹿中地域の集落を南から見てみると、
「開(ひらき)」「三ツ森(みつもり)」「島田(しまだ)」「滝川(たきがわ)」
「杉下(すぎした)」「山田(やまだ)」「中間口(なかまぐち)」「町田(まちだ)」
「牧野(まぎの)」「浜間口(はままぐち)」
の10集落があります。

最大の集落は滝川集落で7つの小集落に分かれ、明治時代は単独の滝川村だったこと。
また、開は三ツ森から分かれて開墾された集落、牧野は山田と一体となっていた集落、
などなど、たくさんのお話を伺いました。

「男鹿中」という名は、明治22年(1889年)に
「滝川」「中間口」「浜間口」「山町」の4村が合併して
「男鹿中村」が誕生したときに名付けられました。
沢間村、沢目村などの案が秋田県から提示されたそうですが。
地元の方たちがコレ! という案ではなく、各村の戸長(今の村長)たちが色々と考え、
「男鹿半島の真ん中!」というのが分かりやすい
「男鹿中」を地域が提案して採用になりました。

髙桑さん

今回案内して頂いたのは、髙桑武さんと

高桑さん、三浦さん

高桑和雄さん(写真左)、三浦正勝さん(写真右)です。

石碑1

集落内を色々見せて頂きましたが

石碑2

ご覧の通り

とにかく石碑

とにかく「石碑」が多い地域でした!

杉の古木も

もちろん石碑以外にも、杉の古木などもありました。
立派ですねー。

太平山の石碑

やはり、神社には沢山の石碑が建立されており、
中間口神社にはこんなに大きくてカラフルな物も!

ここにも石碑

庚申塚を中心に、分かれ道や交差点のたびに石碑が現れます。

地域内には加工しやすい柔らかい石が取れる寒風山があり、
ここから持ってきたのではないか、ということでした。

真山街道

また、昔から霊場だった寒風山と真山を繋ぐ、
「真山街道」も残っており、

DSC09966

ここには明治に建立された道しるべが残っていました。
雪を払うと「真山」の文字がハッキリ読めます。

菅江真澄の石碑

冒頭の写真で紹介した菅江真澄の標柱がある石碑は
海に面した浜間口集落にありました。

とても広ーい地域となっている男鹿中地域、
これからもじっくりと取材していきたいと思います。

以上、広域連携推進員がお届けしました。

■参考資料
男鹿中公民館『男鹿中 郷土史』
男鹿市史編纂委員会『男鹿市史』
男鹿市教育委員会『男鹿市の文化財』

Author: | Category:07秋田エリア, 男鹿中地域


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