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産地直送ブログ

幻の東山道が浮かび上がる! 横手市・大屋(おおや)の「沼干し」

2012年12月3日

大屋沼は、大屋地域の南側に広がる大きな貯水池です。
大屋沼が築かれたのは元和年間(1615年~1623年頃)と言われ、
その後昭和29年(1954年)には現在の高さまで堤防がかさ上げされて今の形になりました。

大屋沼干し

11月3日、恒例の「沼干し」が行われて水位が最も低くなり、
昔の道路が浮かび上がります。
今回は沼干しの様子と古の道路をリポートします。

まずは東山道をみていきましょー。
今回は沼の裏側から回ってみたいと思います。

東山道

「大屋梅保存会」の戸田さんからお話を伺いながら沼の周囲を回りました!
干上がった大屋沼、干上がった谷を横切るように堤防のような跡が見えるでしょうか?
これがかつて宮城県の多賀城まで続いていた街道の跡と考えられています。

東山道

こちらは堤防から先に続く古道です。(写真赤いライン)
堤防からトンネルでも抜けたかの様に続いています。
東山道(とうさんどう、とうせんどう、ひがしのやまみち……など)
とは、簡単に説明すると滋賀から今の東北地方を含む大きな行政区画と
そこを走る街道のことを指しています。

蝦夷(えみし、えびす)と京都の政権が呼んだ
政権の支配下に無かった人々が北東北を支配している中、
奈良時代、平安時代を通じて徐々に京を中心とする朝廷勢力が支配権を広げていきます。

それに合わせて宮城県の多賀城から北へ、そして日本海側へと街道も整備され
途中には「駅」と呼ばれる中継拠点も作られていきます。
後三年の役で源義家が通ったのもこの街道と考えられています。

その後、戦国時代には小野寺氏の支配下となり、「小野寺道」と呼ばれます。
横手城~大屋館・馬鞍館~そして最上勢との最前線になる雄勝地域へと続く
重要な軍事道路として機能していたと考えられます。

その後、佐竹氏が秋田に転封となり、
羽州街道が整備されると街道は現在の国道13線沿い(ちょっとずれますが……)となりました。

とはいえ、その後も街道として活用されていたようで
正保四年出羽一国絵図(1647年頃の地図)にも羽州街道のすぐ横に
「大屋~柳田ノ内寺田村(今の寺内)~馬倉(鞍)~」と増田まで続くルートが記されています。

東山道2

大屋沼の街道跡もそうして整備されたものの一部と考えられています。

大屋沼パノラマ

そんな東山道ですが、大屋沼の築堤時に作られたと思われる古道は
昭和29年(1954年)のかさ上げまで現役で使用されてきました。
またその前後に続く道路は、それ以前から使われてきた道で
古道を良く残していると言われています。

そんな東山道がこの時期だけ大屋沼の沼干しに合わせて浮かび上がるのです。
現在見ることができるのは沼の3カ所です。
それぞれ谷の部分に堤防の様に伸びた道路が
沼の入り組んだ部分をつなぐように

北東側

沼の北東から稜線を渡って

中央部分

西へともう一度稜線を渡って

渡りました。

続いています。
ちょっとわかりにくいので、地図にルートを描いてみました。
赤線が写真の東山道になります。
堤防の外からぐるーっと沼を回り込むように道が続いているのが分かります。
途中「石田坂」と呼ばれる坂もありました。

大屋沼東山道解説

※赤線は概要です。正確ではありませんのでご注意下さい。

大屋沼にある街道跡は、かさ上げ前の大屋沼が出来たときからの道路と言われています。
それ以前のルートは想像するしかないのですが、
現地で見るとわざわざ土盛りをしてルートを作っているところを見ると、
沼にする際に道路が水没しないよう盛ったことも考えられます。
前後の街道が大屋沼以前からのルートですので
そうそう変わっていない事は確かです。
少なくとも平安時代から殆ど変わらないルートがこの辺りに走っていたというのは
なんかワクワクしますね。今後の研究で色々分かってくることを期待したいです!

大屋梅 大屋梅2

途中、「大屋梅保存会」が梅を植樹した場所も見せて頂きました。

大屋梅と第二堤防 標柱

梅は豪雪やネズミの害などで
何度か被害を受けましたが、植え直しをするなどして
大屋の梅を残していこうと取り組みが続けられています。

曲がってます。

ところで、この大屋沼の堤防なんですが。
普通は強度を増すために真っ直ぐにするのがセオリーですが
S字形になってるのが分かるでしょうか?(地図の赤い部分です)

大屋沼

昔から丈夫な堤防が築かれていたので
その上にかぶせるようにかさ上げの堤防が築かれて
こんな変わった形の堤防になりました。

あけまーす

さて、沼干しの時には町内会の皆さんが水門を開けるのですが
それに合わせて沼の魚が獲れるんです。

ワカサギ・沼エビ

ワカサギ・沼エビを中心に……。

ナマズ

なんとナマズまで!!

サギ?

この日は魚を狙ってサギらしき鳥や

水鳥

水鳥(小さくてすみません!)

トンビ!

トンビ? なんかも来ていました。

沼干し

昔から続く漁の日でもあるんですね!

参考文献:
横手市『横手市史 昭和編』
渡辺信夫 監修『東北の街道 道の文化史いまむかし』
斎藤實則『羽州街道の変遷(牛島から 雄勝峠まで)』
新野直吉『古代東北史の基本的研究』

Author: | Category:10平鹿エリア, 大屋地域


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