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産地直送ブログ

阿仁町を歩けば ~お宝話がざっくざく!~

2012年3月27日

阿仁町を歩けば……
昨年の秋の暮れ、元気ムラ取材班は、北秋田市阿仁町を訪れました。
上小様地域の元気ムラ推進員、戸嶋喬さんにお話を伺った際の
面白いエピソードをご紹介します!


真木山鉱山

上小様の土山出身の戸嶋喬さんのお話を伺ったのは昨年11月、
場所は北秋田市の阿仁公民館
写真は公民館から見える、阿仁六ヶ山の一つ「真木山鉱山」です。
この山の向こう側に上小様地域があり、昔の人は、この山々を越えて、この阿仁町に来ました。

あの山の峰を

山の上に見える、ちょこんとした木(?)が目印だったという戸嶋さんは、
小学生のころ、中学生と一緒に、この山を歩いたと話します。

戸嶋喬さん

ふるさとあに観光案内人の会の会長を務める戸嶋喬さん。
阿仁鉱山の魅力をもっと知ってもらいたいと、
北秋田市を中心にガイド養成講座を開き、阿仁町の案内人育成に取り組んでいます。
この日は、贅沢にも阿仁町を案内していただきました。

鉱山施設阿仁合駅周辺
※写真をクリックすると拡大できます。
最初に連れていっていただいたのは、佐竹藩の祈願所「観音寺」付近の坂道。
ちょうど阿仁の街並みを見下ろせる場所に、
昔の鉱山施設の説明が書かれた看板が設置されています。

トロッコが走っていた坂 トロッコが走っていた坂その2

阿仁の市街地はとにかく「坂」が多いんです。
起伏に富んでいて、平坦な地形の多い秋田県内では珍しい街並みだと思います。

昔のトロッコ
ちなみに、この写真の坂道は、昔、トロッコが走っていたそうです。

説明看板が建てられている
こちらは、佐竹藩の祈願所「観音寺」
阿仁から大阪へ北前船で金銀銅を搬送する際、
船のバランスを取るために御影石をのせていたと、説明看板に書かれています。

鉱山ゆかりの寺社仏閣その3鉱山ゆかりの寺社仏閣
鉱山ゆかりの寺社仏閣説明看板

また、曹洞宗が多い秋田県ですが、小さなエリア内に
浄土宗、真言宗、日蓮宗と、様々な宗派の寺社仏閣が集まっているのも
阿仁町の特徴です。
説明看板も数多く設置されているので、とても分かりやすいですよ。

銀山地区の看板
※写真をクリックすると拡大できます。
次に案内してもらったのが、銀山地区。
この看板のすぐそばには、弁天様、安成二朗歌碑、佐藤信直頌徳碑があります。

弁天様の説明看板 説明してくれる戸嶋喬さん
※写真をクリックすると拡大できます。
説明をしてくださる戸嶋さん。
ちなみに、佐藤信直は、仙北市白岩(!)広久内村生まれで、阿仁実科女学校を設立した医師。
仙北市と北秋田市の阿仁町は、国道105号線、昔の大覚野街道で繋がっていました。
文化や人の流れが盛んだったんですね。

女学校の説明 たまたま通りかかった人と…

ちょうど、この場所で、戸嶋さんのお知り合いの男性と遭遇、
鉱山の話で盛り上がっていると、
たまたま通りかかった女性も話に混ざってきました。
なんと写真の女性は、看板場所に立っていた阿仁実科女学校の卒業生で、
しかも、昔、三枚鉱山で働いていたことがあるそうです!

びっくり!

「鉱山で働いていた」という話から、今度は「三枚天池隧道」の話へ。
昭和30年代ごろまで、阿仁合と上小様地域の三枚の間には、
鉱石を運搬するトロッコ用の隧道が約4kmに渡り続いていました。

男性の母親は助産師をしており、三枚で子供が産まれるとの知らせを受け、
暗い隧道を白い作業着をきて、カンテラと呼ばれるランプを使い歩いたそうです。
すると、三枚方面からトロッコで鉱石を運んできた鉱夫が、
助産師の女性を幽霊と見間違えた!なんて面白いエピソードを教えていただきました。

かなえ橋 この場所からは明治の偉人が

明治には、阿仁鉱山の視察に伊藤博文や木戸孝允も訪れたといいます。
この風景を、明治の偉人たちも見たのかもしれませんね。

鉱山で栄えた阿仁町の街並みは、独特なものでした。
立派な寺社仏閣、起伏に富んだ複雑な街並み、
何も知らずに車で通りすぎるには、勿体ないほど、多くの歴史が詰まっています。

阿仁町は、実際に歩いてみると、その魅力をさらに実感できます。
戸嶋さんが所属する「ふるさと観光案内人の会」もありますので、
ぜひ、地域の歴史に詳しい方と一緒に、回ってみるのをおススメします。

阿仁町のリポートでした!

Author: | Category:05北秋田エリア, 上小様地域


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