画像:内町・御屋敷の歴史

 内町・御屋敷のある院内地域は、織豊時代末期から江戸時代初めごろに発見された「院内銀山」によって栄え、また羽州街道(現在の国道13号線)が走り、しかも久保田藩の「藩境」であり、院内関所が設置されるという地政学上の要衝でした。
 
 そのため、佐竹氏が秋田に入部してからすぐ、佐竹家の親類である「箭田野(やだの)氏」が院内へと入ります。その後、真壁氏、再び箭田野氏と続き、最後に大山氏が院内を治めることになります。大山氏は佐竹家の一門であり、久保田城内での座る場所は藩主のすぐそばだったそうです。その家格は湯沢市を治めた佐竹南家より上だったと言われています。このことからもこの地域をいかに佐竹家が重視していたかが分かります。また「内町」「御屋敷」という地名は、統治者がこの付近に館を構え政務を行ったことに由来しているのです。
 
 大山氏はその後明治まで地域を治め続け、院内の古地図には、内町・御屋敷地域に巨大な大山氏の邸宅がしっかりと記されています。今でも、道路の形がそのまま大山氏の邸宅跡の大きさを物語っている場所があります。大山氏及び家臣団の墓は、院内駅のすぐ隣の「信翁院」に残っています。
 また、大山氏の遊山の地、瀬戸山公園には大山氏と家臣たちによって「大山家及其家臣従属之碑」が昭和2年(1927年)に建立されています。
 
 そんな歴史深い地域ですが、最後に面白い「掟」をご紹介します。それは「石の門は建ててはいけない」という不思議な掟で。なんと、逆らって石の門を立てた家は没落してしまったことがあるというから驚きです。
 
 歴史の香り漂う内町・御屋敷地域は、今も古地図そのままの道路を残しています。
 
平成24(2012)年5月掲載

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