日も暮れた夜7時、八峰町の石川地区多目的集会施設に、「東西、赤坂奴(やっこ)の笛たのむ!」と、女性の声が響き渡ります。夕飯の支度を済ませた女性たちが、石川奴踊りの練習を行っています。石川といえば勇壮な駒踊りが有名ですが、石川郷土芸能保存会の会長・北川宏悦さんは「“駒”と“奴”は切ってもきれない。2つ揃ってこその踊り」と話します。
保存会では、伝統的な型は崩さず、演じる場所に合わせて、ナレーションを入れたり、芸能の由来を映像で流したりと演出を変えてきました。舞台から飛び降り、観客の目の前で踊るなど、その場に合わせた演出が観客を魅了します。30代の時に保存会の会長職を引き継いた北川さんは「踊りきったあとの爽快感がたまらない」と駒踊りの魅力を話します。
駒踊りと奴踊りはコミュニケーションの場としての役割も果たしてきました。石川の男性にとって駒踊りは憧れの地域行事。昔は、駒踊りと奴踊りの両方を男性が演じていましたが、昭和38年の石川大火後、出稼ぎで集落を出る男性も増えたことから、女性にも指導するようになりました。今では、奴踊りを継承するのは、ほとんどが女性。母と娘で奴踊りを演じる方も少なくありません。
集会所に集まった女性たちは、誰に指導される訳でもなく練習を始めます。真っ暗な窓を鏡代わりに、自分の姿を確認しながら練習する女性たちを「彼女たちは、自分で昔の型を知る人を探し出したり、映像を見たりして練習している。石川が心から好きな人が、この場所に集まってくる」と、北川さんは教えてくれました。
毎年、八峰町の文化祭では、石川駒踊りと奴踊りがトリをつとめるのが恒例となっています。観客の歓声が一段と盛り上がるのは、魅せる工夫を一人一人が心がけているからでしょう。
保存会では、20年前から地元小学生への指導・伝承も行っています。指導を受けた子供たちが、中学、高校になっても参加してくれることで、石川の伝統芸能は今に受け継がれています。
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